アメリカンマシンガン&アフリカン
影山影司
道中出会った黒人の少年は痩せぽっちのチビだった。
手足がやけに細く、その癖黒人特有の光沢と張りのある肌。縮れた髪の毛に薄い唇。衣服は支援キャンプで配布されている、年齢に不釣合いな大人用のものをずっと着続けているようだ。土埃と垢に塗れて、元々染められていたチェック柄よりも砂漠迷彩に見える。
彼はカタテナシと呼ばれていて、彼をそのまま小さくした弟はカクレモノと名乗った。
海賊国家、と揶揄されるこの国では近年、このような親の居ない貧しい子供が増えていると言う。治安の悪化に対処すべくやってきた国連軍は治療薬や毛布よりも爆弾と銃器を詰め込んだ船でやって来た。国を治める将軍には国連の定めた賞金が掛けられ、戦火は激しさを増した。交通誘導員の様に往来に軍人が立ち、市場では時折、貨幣より多くの銃弾が飛び交った。
将軍が山間部へ本拠地を移しそれに伴って国連軍の大部分は街を出た。
だが、未だ少数の抵抗勢力との小競り合いは街中で起きている。
流れ弾や誤射で誰かが死んだとしても、それは大して珍しいことではない。
食堂の、灰色のペンキで塗っただけの長机と椅子。
淵の欠けた大皿に野菜スープ、もう一枚の皿に堅く薄っぺらいパンを乗っけてあるのが今日の飯だ。向かいの席に座った少年と同じメニュー。運良く仕事にありつけたら、日給の三分の一を払ってこの飯を食う。カタテナシがパンをわざとぎざぎざに裂いて、少し得なほうを弟に渡した。パンを細かくちぎって、スープにつけてから噛む。
「国連軍が空からやって来て、僕達の家に爆弾を落としたんだ。父さんと母さんと妹が死んでしまってから、僕と弟はこうやって暮らしている」
今日の昼は、店の周りの掃除をしていたのだ、と言う。子供にできる仕事なんて高が知れているし、大人達も仕事が無くて喘いでいるのだ。「腹いっぱい食べたいね」と黙りがちな弟がパンを頬張りながら言う。
「昨日から何も食べてないんだ。昨日は、仕事が無かったから」
「もう一個、パンを食え。僕はお腹一杯だからもういい」
カタテナシは自分のパンをさらに半分にちぎって弟に渡した。弟は無言で受け取って、スープに浸す。
カタテナシがパンをちぎるとき、親指と人差し指の根元で挟み込むようにしてパンを持っていた。カタテナシは爆弾を受けた影響で、右手が僅かに不自由なのだと言う。
「国連軍が優しかった父さんと母さんを殺したんだ。僕の幸せは家族と一緒にあった。だから、今の僕の幸せは国連軍を殺すことだ。政権が交代すれば、この街に軍人が一杯やってくる。その時を狙って、殺すよ」
机に立てかけたM16小銃を掲げてみせる。黒光りする銃身は、どう見ても少年の両腕には大き過ぎる。カタテナシは、毎日整備している銃に書かれているアルファベットすら読めないのだ。
飯を食い終わると、弟をねぐらに返して、カタテナシは市場へ向かった。「ガット、一束ちょうだい、と店の女に金を渡すと、葉野菜一掴みをビニール紐で縛ったものを受け取る。海へ行こう、とカタテナシが誘う。
海はこの国には不釣合いに澄んでいた。強すぎる日差しも、海を眺めていると清涼を感じる。青、ライトブルー、コバルト、揺らめく波にあわせて色は変化して、波打ち際に晒されている砂を舐める。砂浜には沢山の杭が打たれた小山が出来ていて、その下には兵士の死体が埋まっているのだ、とカタテナシが教えてくれた。国連軍の上陸作戦の一つはここで行われたらしい。
カタテナシは岩場の上に腰掛けた。周囲より少し高くなっていて、大きく伸びた樹木の枝が影を落としている。
先程買ったガットという名の葉野菜を一本束から抜き取って、先っぽを口に含む。堅い茎と、その周りに海草のようにひだを作って伸びた葉。茎は食べれないから、前歯でしごくようにして葉だけをこそげ落として食べる。
射撃訓練を受けた時、ガットを憶えたそうだ。この国に麻薬を取り締まる法律は無く、軍にはガッドが蔓延っている。容易に栽培できるため戦争終結に向かっている現在では市場でパンと同じ値段で買えるのだ。
「疲れを感じなくなって、元気が出るんだ」
カタテナシはこそげ落とした葉を奥歯で咀嚼しながら笑った。白い前歯に、明緑色の葉っぱが挟まっていた。カタテナシは来月十三歳になるらしい。アメリカなら同い年くらいの子供がバブルガムでも噛んで同じように笑って暮らしているだろう。
それから一週間、カタテナシとその弟と生活を共にしたが、彼が笑うのを見たのはその一度っきりだった。