著者は第16回詩と思想新人賞を受賞した橋爪さち子氏である。
すでに二冊の詩集を出されていて、もうベテランの域に入っていると言ってもいい詩人が新人賞を受賞したのは、
そこに新鮮な感動と発見があるからだとあらためて思った。
この詩集『乾杯』に収められてある新人賞受賞作品の「手紙」は、読み手をハッとさせられる著者の目線がそこにある。
くる日もくる日も/犬をとおして届く太古からの/風や声/
鮮烈な手紙を彼とともに読む
飼い犬を通して、生命体の根源まで遡っていく著者の視線は、普段見慣れた風景の中に神秘さをも見い出す。
やがてそれは遥か宇宙にまで突き抜けていく。
ビッグバン/すべては揺らぎから始まった兄弟であり/細胞も牛蒡もトマトもみんな/
同じ星のリズムに漲ったミクロの宇宙だから/こんなにも熱く原郷を振り返るように/
空を見上げる/たとえこの水の星が/取り返しのつかぬほど傷ついているとしても/
恋しくて恋しくて共に滅びもしよう
(「細胞も惑星も牛蒡もトマトも」)
奥行きが深いのである。ともすれば言葉が現象の上辺だけをなぞりがちになるところ、行間をまたぐ瞬間に遠い先まで見渡せるのだ。
著者の重ねた年月に繰り返された出会いと別れ。その織り成す記憶の残照が、ますます視界の透明度を高めていくのだろう。
自らの生と死を祝祭に近づけようとする浄化された精神が紡ぐ言葉は、生きとし生けるものへの慈しみに溢れている。
「詩と思想」5月号に掲載