ヨタハチ
竜門勇気
えー。まずネットだけで詩を書いている輩と申しますものは大半に個性が乏しいもんですな。
まるで自分が初めて愛や孤独や痛みを発見したかのごとく徒然と記せばこれこれこうで詩でございますというような有様でして、またそれを批評値踏みする者もまた同じ穴の狢、どんぐりの背比べといった所。
これはいけません。何かを良し悪しに決める段におおもとの基準が無いことには、てんで好き勝手な偏った多数決になっちまいますね。
どんどん。「大家様。」
どんどんどん「大家さまやーい」
どんどん!「べらぼうめ!大家様といってるうちに出てきやがれ!」
大「なんだいなんだい、私は今湯を沸かしてたところなんだよ。さあお待ち。お待ちなよッ!今かんぬきをあげるから。」
大家さんがガタガタガタっと木戸を開けると、店子の八兵衛が仁王立ちで睨みつけております。
八「何だこんにゃろうめ!湯ゥ沸かしたらみんな湯気になっちめェよ!このヌケ作が!」
大「えらい剣幕だね。分かった分かった私が悪かったよ。まあお上がり、履物を脱いで。おいおい着物じゃないよ私ゃそんなケは無いんだから。分からない奴だね。まぁいい。脱いじまったんなら仕方ない。今沸かした”水”で茶を入れるから。」
店子の八兵衛、結局ばさっと着物を投げ捨てるとふんどし一丁でずかずかと上がりこんで参ります。
しかしさすが、慣れたもので大家さんはたじろぎもせずに座布団を勧めてお茶を入れてまいりました。
八「おうおう、ヌケ作よゥ。」
大「あなたね、私ゃ仮にも大家ですよ」
八「大家で間抜けの、大ヌケ作!」
大「・・・ったく。まぁいいや。ささっと用件をいいな。私も暇な身じゃないからね。」
八「詩の書き方を教えろ。断ったらひでェぞ!」
大「なんだってえんだい。お前さん。この前教えたばかりだろう。5.7.5で季語を入れるんだって」
八「たはぁ。遅れてやがるな、そいつァ俳句だ。時代は自由散文詩。現代詩って言うんだ。ルールに囚われてちゃいけねェのよ。」
大家の旦那はため息をついて答えます。
大「だからお前は長屋で与太の八兵衛と呼ばれるんだ。”ルールに囚われない”というのは既に明文化されたルールなんだ、好き勝手に書かなければいけない。というルールに従わなきゃならん。」
八「わからねェ!」
大「大声出さなくてもきこえてるよ。」
八「わからねえものにゃわからねえと言う!これが言論の自由でィ!」
大「いいかい、与太八よ。自由と好き勝手をごっちゃにしちゃいけねえ。自由はルールを伴なうんだ。」
八「わからねェな。ああわからねェ!」
大「お前、なんか妙な本でも読んだね?まぁいい。自由詩には二つの法がある。それが”権利”と”義務”だ。このふたつだ。こいつを頭に入れとくんだな。」
与太の八兵衛、困った顔をします。
八「やい、おしえろ!」
大「やいとは威勢がいいね。でもね、お前さんには向かないと思うよ」
それを聞くが早いか八兵衛、癇癪を表しましてグイっと熱いお茶を手に持つや大家さんに目いっぱい引っ掛けます。
慌てふためく大家さんを尻目に終いにはポカポカと床をたたき出しながら泣き喚く始末。
やっと落ち着いた大家さんも呆れ顔です。
大「あちち・・・いつもながら全く酷いね。いいかい嘘じゃない。詩を書く上での法、権利は。」
やおら八兵衛顔を上げ
八「一つは?」
大「何にも束縛されずに思うがままを書き記す権利だ。」
八「そんなの誰でもやってらぁ!さる高名な詩人もオ○コの詩を書いてたっけな。」
大「あんなもなァ評価してんのは下ネタ好きのガキと学者だけだ。そして二つ目、義務は読者に喜ばれる義務だ。」
八「そんなもん読者しだいじゃねェか。無宿の風来坊もいりゃあビル・ゲイツみてェな金持ちもいる。天下往来皆の衆に平等に感動を与える詩なんてねェだろ!」
大家さんはRJRのキャメルの灰を灰皿に落とします。
大「そうだな、そんな詩は私もお目にかかったこともないね。おっとそんな目で睨むない。誰も全ての人に何て言ってないだろう。まずはしっかり、どんな人に読んでもらいたいか考えるんだな・・・お茶を私にぶっ掛けようたってそうはいかないよ。もうあなたには飲ます茶は無いからね。白湯でも飲みな。」トクトクトク
グイッと飲み干し八兵衛は続けます。
八「おう。次はこの湯飲みをぶっつけてやらぁな。しかし、そんなこと言ってたらいつまで経っても現代詩ってえのは詩書きが詩書きに評価されるために洗練されて、マニヤの手慰みに終わっちまうじゃねえのかい?」
大「事実近いことは局所的におこってるようだな。それもまったき悪いことじゃねぇとは私は思うがね・・・まぁしかし今や詩が持つアドバンテージが少ないのは事実だ。音楽に詩が勝っているのは?小説に勝ってるのは?おう八よ」
八「音楽には・・・ううん、最近は歌詞も細分化してるが、音数に囚われねえことかな。小説には・・・・やっぱり文量の少なさだな。詩はさくっと読めてイマジネーションを刺激されるし、その分記憶に残るしな。」
大「今や詩よりもよりセンスオブワンダーや幻想を感じれるメディアが多いから。一昔前に、ハウスやテクノが流行ったのは人間の快楽原則に近いリズムだからだといった人がいたな。ループと高揚、明朗な音質、そして連綿と続いてるわけだ。」
八「しかしその手の音楽のヒットは最近じゃあトンと見なくなったぜ。」
大「そいつぁ呼び名が変わったからだ。最近じゃあ売れればなんでもJ-POPというんだ。」
八「そんなこたぁいいや。その権利と義務って奴はどうすりゃ行使できるんだ?」
大「簡単なこった、全ての人を満足させるのは無理なんだからな、いいね?なに?ならねえ?ならねえなんて言ったってしょうがないだろ。思いつきで物言いやがって。聞きなさいよ。」
グッと息を詰めている八兵衛に汗がにじんでいます。
大「どんな人たちにどんな声をかけるべきか、どんな言葉を選べば喜ばれるか。誰かに読まれることを前提としなけりゃ”書く”ってこと自体が無意味になっちまうからな。読まれることが前提なんだ。それを踏まえた上で、よりイメージとクオリアに近い構造を創るんだ。」
八「わかんねェ!”書く”事自体が詩じゃねぇのか?詩を書いたってェあっしで思えば、ならそれは誰にも見られなくても詩は、詩だろう?」
大「お前さん、モノ言わぬ物に喋ってる事が会話として成立すると思うかい?まァ思ったっていいんだが少なくとも詩の中の詩情って奴は他者に観測されて初めて成り立つ概念だ。創作物と創作者が重なっていてはどっちが詩を内包してるのかあやふやになるからな。」
「そいつぁ屁理屈だ!」
与太の八兵衛、ごちんと湯飲みを大家の額にぶっつけるとすくと立ち上がりました。返り血が八兵衛の胸板にピチリと散ります。
殴り殺されるのではと勘ぐった大家はたまらず叫び逃げようとするが、上手く足が動かない。割れた額を押さえながら
大「お前さん!せっかく現代詩ってのを手ほどきしてやろうと思ったあたしにまた火傷をさせるきかい!?」
八「なあに湯飲みもあんたも大層な大口をしてるが、どっちも中身は空っぽだ。」
どっとわらい。
八兵衛、ダッと倒れ臥した大家さんを蹴飛ばすと、ヤカンを覗きこみ次にタンスの中を覗く
「なんでェ・・・ハナッからみんな空っぽじゃねぇか!こんなことなら熊に大工の心得でも教わりに行ったほうがましだったな・・・!」
カン、と透き通った音が聞こえ大家以外舞台暗転。大家は音も無く立ち上がり客席を見つめて、スポットライトも暗転。八兵衛が投げ捨てた着物を手繰る音だけが静かに聞こえます。
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