黒猫の航路図
夏嶋 真子




昼下がり
並列自転車のトンネルで
独りの黒猫に出会いました。



一目で野良だとわかるほど
やせ細った背中が
今にも消えてしまいそうに見えたので


カタカタ揺れるお弁当箱から
ウインナーや玉子焼きやハム
わたしが好きな甘えた考えを
全部並べて後ずさり
猫と距離をとりました。



「ホドコシ、ムヨウ。」
ピラミッドの質量の耳を尖らせ
五線譜のひげに雨だれをのせ
白虹の尻尾でピシャリと一度鞭を打つと
猫は後姿のまま
さらに距離を広げました。


黒猫が一歩、歩くたびに
真っ黒な肉球がトンネルの中を共鳴するので
わたしの心はガタガタ震えました。
逃げ出してしまいたいのに
その瞳の色をどうしても知りたくて
体は前へと進みます。


そんなわたしを気にも留めず
猫はやはり背を向けたまま、
灰色の上に横たわりました。
色のない世界の西風羽ばたく毛並みに見とれて
ただ立ちつくすわたしに
気高い一瞥。



振り返った黒猫には顔がないのです。




黒猫はむき出しの骨の上に、美しい夜をまとっていました。


わたしの孤独が瞬いて
融点をふりほどき
青空の出口に注がれると
黒猫は太陽を悠々と
飲み込み



頭上で
真昼の星が輝きはじめたのを合図に
ポケットの中で
小さく折りたたまれていた次元は
自動展開され


航路図になったのです。




「夜ヲワタレ。」





携帯写真+詩 黒猫の航路図 Copyright 夏嶋 真子 2009-03-10 05:56:01
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