絶望についての対話(1)
Giton

A:あなたにとって絶望とは何か?答えよ、賢人!

P:あなたは、ほかの男の胸の上で思索に耽る趣味があるのか?
 答えよう。肌を重ねても、その頭脳の中までは立ち入ることのできない輩ともがらに直面すること、之を是れ絶望と謂う。

A:あなたは相変わらず意地が悪い。寝台の上にいる時くらいは、素直になってはどうか。
 私にとって絶望とは、人を愛することはできても信じることができないということです。
 あなたは黙っているから、少しく私自身について語ることといたしましょう。
 私にアドニスの技を教えた男は、たいそうなのらくら者でありました。当時私は、パルナッソス近くの親戚の家に預けられ、牧童をしておりました。
 Ηというその男が近づいてきた時、私には、詩神そのひとが天下って来たように思われました。彼が自らラウテを爪弾き謡う伝説の数々は、私をムーサの虜にしてしまったのでした。私は、彼の求めるままに、年端の行かない私自身を彼の自由にさせただけでなく、親戚から預かっていた羊の絨毛も毛皮も、備蓄したチーズも小麦も、すべて彼に差し出してしまったのでした。
 ところが、Ηは正業にも就かないのらくら者で、私からせしめた物を売っては、デルフォイの聖娼のように美しい女たちを身の回りに侍らせ、あちこちと散財して歩き、ときどき私の寝泊まりしている出小屋へ来ては、金になるものをせびり取って行ったのです。
 そして、ある時、私は、備蓄がすっかりなくなっていることを親族に追及され、思いあまってΗに相談したのですが、その時から彼の暴力が始まったのでした。私は毎晩のようにΗに殴りつけられ、身体中に彼の歯形を付けられました。私は彼から、アドニスの技はそのようなものだと言い含められ、そのように信じていたために、抵抗すらできなかったのでした。Ηは、しばしば女を連れてきて、私をいたぶることさえありました。彼は、私の意志を圧さえつけて従わせるために、そのようなことをしていたのだと、私は今だから分かるのですが。
 私は小屋へ帰りたくないので、羊たちを囲いの中へ戻したあとは、しばしば星の下で夜を明かしたものでした。
 最後に、私は小屋も羊の群も放り出して、港でガレー船に身を投じ、船倉の漕ぎ奴隷に紛れて、このエジプトの町に逃がれてきたのです。
 ((2)へ続く)


散文(批評随筆小説等) 絶望についての対話(1) Copyright Giton 2009-02-28 02:26:58
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