小川 葉

 
ひさしぶりに実家に帰ると
お父さんが
船になっていた

甲板には母がいて
いつものように洗濯物を干したり
いい匂いがしてくる
調理室で料理をつくるのも
やはり母だった

嫁いだ妹も帰ってきて
わあ、お父さんたら、と言って
驚きもせず船内へ入ってゆく
わたしも妹に続く

妹は
船内にとても詳しくて
ぼくも昔はお父さんのことなら
妹に負けずに詳しかったはずなのに
その詳しさは
船になってしまった今では
何の役にもたたなかった

どうしてお父さんが船なんかに
とたずねると
船が少し揺れて
妹も船みたいになって
汽笛を鳴らすので
わたしはもう何も言わなかった

それから
妹とお母さんと
食堂で晩御飯をを食べた
お父さんは?
お父さんのぶんは?
とわたしがたずねると
また船が揺れて
妹とお母さんも船みたいになるので
わたしはもう二度と
何も言わないことにした

何も言えなくなるほどに
わたしは故郷を離れていた
お父さんが
船になったなんて
何かの冗談かもしれないけど
ほんとうのような気もしていた

あんなに仲良く
家族みたいにしていたのに
それは昔のこと
わたしたちはいつしか
わたしだけになって
船を見えなくなるまで見送っていた
なつかしい家が見える
その岸壁から
いつまでも
いつまでも手を振っていた

お父さん
と呼びかけると
やさしい汽笛の音がした
いつまでもいつまでも
やさしいお父さんの
声がしていた
 


自由詩Copyright 小川 葉 2009-02-24 23:30:07縦
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