薔薇鳥
ふるる

 少女は生まれつき目が見えなかった。そのかわりに耳がとてもよく、例えば村中の猫たちの鳴き声を聞き分けることもできた。

毎年春先になると村には薔薇鳥がやって来たといううわさが飛び交い、若者たちはそれを捕まえるのにやっきになった。想い人に愛を告白する時、薔薇鳥の羽根をその証とすることが、この村では古くからの慣わしだったから。

薔薇鳥の羽根は春の夕暮れと同じ色で、なめらかで美しかった。美しい物を愛する少女たちはそれを何よりも欲しがった。しかし薔薇鳥は単独で飛ぶ鳥で、どこから来てどこへ行くのか誰も知らなかった。
村の若者たちは目の見えない少女に、薔薇鳥の居場所をたずねた。少女の耳ならば、鳥の羽音を聴く事ができたから。少女は羽音のした方、たまに聴く鳴き声がした方を指差して、若者たちにがんばって、と声をかけた。

少女に薔薇鳥の羽根を持ってこようとする若者はいなかったが、別段気にならなかった。歩きなれた道を歩けば、小川の涼やかな音色がし、木々の葉が風と戯れ、季節ごとの鳥が歌い、自分の足音さえもその合奏に加わる。春になれば様々な香りが鼻をくすぐるし、夏には虫たちが競って歌い、秋には落ち葉が囁き、冬には雪が静寂という音楽を届けた。少女には、それがあれば充分だった。

ある日、ひとりの若者が少女を訪ねた。若者は薔薇鳥のことを聞くわけでもなく、ただ少しだけおしゃべりをして、去っていった。それからは時々現れては、いい匂いの石をくれたり、よその国の楽器を奏でてみせてくれたりした。
少女は若者の訪れを楽しみにしていたが、それ以上を望むことはなかった。望んでも手に入らないものは沢山あるのだと、よく知っていたから。

ある暖かな春の夕暮れに、若者はまたやって来た。そして鳥かごを少女に手渡した。その鳴き声を聞いて、はっとして少女は言った。
「これは、薔薇鳥ね?あなたは薔薇鳥を捕まえたの?」
「そう。」と若者は頷いた。
「君にあげる。」
「どうして?薔薇鳥は好きな人にあげるものよ。」
とまどいながら、少女は光を宿さない瞳を若者の方へ向けた。
「僕も君を愛しているから。とても深く。」
少女はさらにとまどう。
「僕も?私があなたを愛していると、いつ言ったことがあって?」
若者は少女の耳に唇を寄せて、そっと囁いた。
「僕の名は、孤独という。」




散文(批評随筆小説等) 薔薇鳥 Copyright ふるる 2009-02-20 00:44:40
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