■形式
・リレー小説
・三題噺
■参加者
波栖、モリ、佐藤、メコ、(肉欲棒太郎…アナザーストーリー)
■テーマ
?本(洋書・カバー無し)
?柱時計
?オルゴール
■登場人物
?私
?幼馴染の彼女
?おじい様
?幼馴染のあの人(彼)
『オルゴール』
時を刻む音がする。おじい様の部屋にある、古い時計。私は、その音を聞きながら本を読むのが嫌いじゃない。そんなことを、この前友達に言ったら、こう言われたの。(波栖・1回目)
「おじい様は何年も前に亡くなったのでしょう? いつまでも入り浸るのはよくないことよ」
幼馴染みの彼女はいつものように遠慮のない物言いで、私のベッドに腰掛けた。そう言う彼女もこの邸の書斎にはかなりお世話になっているのだが、そんなことはもうすっかり忘れて、私にお説教をするためにわざわざ訪ねてくる。(モリ・1回目)
「あら、ずいぶん古いオルゴール」
彼女は、いつのまにかおじい様の机の引き出しを開けて、埃まみれのオルゴールを取り出していた。
「勝手にあけないで」
慌てて彼女の手からオルゴールを奪い取った。中には絶対に見られたくないものが入っていたのだ。(佐藤・1回目)
「何、その言い方」
「おじい様のものを、勝手に触らないで」
彼女は少しむっとした顔をした。しかしそこは小さいころからの付き合いで、何か感づいた顔をした。
「は〜ん、何か隠してるでしょ?」
「詮索する人は嫌いよ」
彼女ははいはい、とオルゴールを私に渡した。私は掌にあまるほどの小さなオルゴールを眺めた。(メコ・1回目)
その中に入っているのは、ネックレス。私が、幼い時幼馴染と結婚の約束をした時に貰ったもの。オルゴールの中に入れていると、キラキラ、と、煌めいて見えた。小さい頃いつも一緒に遊んでくれたあの人。まだ引きずっているのを知られたくなかった。(波栖・2回目)
あの人はおじい様の部屋にいた。だから、出会いのときを思い返そうとしているのかもしれなかった。書斎もオルゴールも、そのうちに秘めた想いも、この邸のすべてが蓋を閉じたはずの思い出を、あの日の出会いをどうしようもなく形にするのだから。これは私たちが同じ時を過ごしたという証。おじい様から託された、ウォールナットのやわらかな音色。あの、気高くも物悲しいたったひとつだけの旋律を、指に馴染んだなめらかな木目の肌触りを、古いものだけの匂いを、そのすべてが目を閉じればまざまざと思い出せる。
そう、あれは、初めてこの邸を訪れた日のこと。柱時計の音にも壁を埋めつくした書棚の蔵書にも驚いて、なかなか書斎に入れずにいた、やせっぽちの小さな子供の頃。
そんな臆病な私におじい様が遠慮がちに微笑み、そっとてのひらにオルゴールをのせてくれた、始まりの日のことだった。(モリ・2回目)
彼はずっと窓の外を見ていた。おじい様はオルゴールを流して、ただ黙って微笑んでいるだけ。あの人とは、それっきりその日は何も話さなかった。
けれど次の日もおじい様の部屋に遊びに行った。その次の日も、次の日も、おじい様と彼に会いに行った。おじい様はいつも私たちの間にオルゴールを置いてくれた。
あの人は私たちと同じ言葉を持っていなかった。だから二人は、手や唇を動かして何かを伝えようとした。何もかもが伝わらないときでも、オルゴールの音色がその部屋とその時間を作ってくれた。
やがて彼は私たちの言葉を少しずつ覚え始めた。そしてある日私の目を見つめて、「付き合ってほしい」と言った。(佐藤・2回目)
本当に嬉しい時は、言葉にできないとこの時知った。私はただただ呆然としていて。そうするうちに少し時間が経っていたらしい。彼は不安そうに私を見ていた。私は慌てて彼を抱きしめた。そんな目をさせたかったんじゃない。私は嬉しかった、彼も同じ気持ちでいることが。彼は私を柔らかく抱きしめ返してくれた。
数ヵ月後におじいさまにその旨を伝えたら、とても優しく笑ってくれたことを今でもよく覚えている。
何年も、前の話。
今はあるのは、主を失った数々の洋書と、変わらずに時を刻み続ける時計と、埃をかぶったオルゴール。かつて3人で過ごしたこの部屋に、2人はいない。(メコ・2回目)
親友の帰った部屋で、私は一人、この部屋を見渡した。あの人と、おじいさまと、私。三人で過ごした部屋。この匂いが心地いい。本の匂い。オルゴールの音。止まってしまえばいいのに。この時間と空間のままで。(波栖・3回目)
聞こえる。この邸に取り残された、今やたったひとつの音。柱時計が零時を告げてくる大きな音。私を本当の家族のように迎え入れてくれた使用人たちも、暇を出してしまった。誰もいない。
そして今夜、ようやく彼女にも別れを告げることができた。
生まれ育ったこの街を離れるのはつらいけれど、新しい始まりへと踏み出せるのは彼女のお陰だ。
何もかもが本当に止まってしまえばいいと、私は確かにそう思っていた。
けれど、そんな弱い私の背中を彼女が押してくれた。だから今こうして、一歩を踏み出せるのだ。
でも、あの人との思い出のオルゴールだけは。あれだけはどうしても残せなかった。
女は私のためを思って置いていくように言ってくれたけど……そういえば、いつになく彼女はむきになっていたっけ。
考え事をしていたせいだろう。オルゴールをそっと閉じようとして私は手を滑らせてしまった。すると、聞き慣れない旋律が流れてきた。何かの部品が外れる音がして、オルゴールの底板に色の違うところがあった。そして、紙が見えた。私は直感めいたものに突き動かされて、それを引っぱり出した。
「手紙……?」
あの人らしい、小さく折り畳まれた便箋は間違えようがない。あの人が字を練習したいと言うので、手紙を交換しようと私がプレゼントしたものだ。
息が苦しい。胸が熱い。どうして気づかなかったんだろう。きちんと別れを言えなかったあの人の、最後の言葉かもしれないのに!私はあわてて読み始めた。
「この手紙を君が読んでいるとき、僕はこの世にいないだろう。ごめんと何度言ってもきっとたりない。でも言わせてほしい。こうなってしまったのは僕のせいだ」
胸が騒ぐ。なんだろう。あの人は何を私に伝えたかったんだろう。あれほど弾んでうるさかった胸が、音を立てて冷えていく。
「初めて会ったときから、僕はきみを見ていた。僕を養ってくれたきみのおじい様へのご恩返しのつもりだったのに。気がつけばきみと過ごす時が、あのオルゴールの流れる時間だけを待ち望む自分がいた。恥ずかしいほどに、もう僕はきみのことばかりを考えていた。だから、驚いたんだ。親友だと紹介された彼女が、あまりにもきみに似ていてから。いや、顔はまるで違う。表情もそうだ。
だけど、引き離された双子のように、彼女はきみだった。下唇を噛んだり、前髪をいじったりする癖や、ちょっとした仕草だった。だからと言ってしまうのはあまりにもひどい。きみにも彼女にも。だけれど、あのころの僕はどうかしていたんだ。
いくら夜だったからといって。そこは暗くて、あの書斎で、オルゴールがあって。だとしても、きみと彼女を間違えてしまうなんて」
そこからの内容は、目を背けたくなるようなものだった。彼女は、私の親友で幼馴染みの彼女は、その夜から変わったという。それは仕方がないことかもしれない。あの人に抱きしめられて、そっと口づけをされたのだから。
手紙からはあの人の悔やみが、悲しみがあふれていた。何度も謝罪があった。私にも、彼女にも。
そして私は手を止めた。最後の一枚。あの人が苦悩の末に選んだこと。彼が倒れていたあの日に、本当は何があったのか。
「僕は彼女を呼び出した。これまでと同じように、もうこんなことはやめてほしい、と繰り返した。だけれど、これまでと同じように、わかってもらえるとは思っていなかった」
そして手紙には、続きがあった。おそらく実際にあったこと。書斎のバルコニーから落ちたあの人が、最後に誰と話していたのか。
どうして落ちねばならなかったのか。どうしてあの人がいなくなったのか。それらすべてが記されていた。
「そうなの」
「そうだったのね」
柱時計の音が遠くに聞こえる。時を刻む音が、私の意識を引き戻した。
足もとを見ると、私たちのオルゴールが止まっていた。たぶん壊れてしまったんだろう。
なぜこんな手紙を残したのか。
なぜこんなふうに隠されていたのか。
そんなことはどうだっていい。
「ねえ」
私はささやく。
「この手紙。彼女にも、とどけてあげましょう?」
止まったはずの時間が、また、動き出す。(モリ・3回目)
完
○アナザーストーリ by肉欲棒太郎
手紙を読み、私は気を失った。何時間、意識を失くしていたのだろう。気づくと、そこは砂漠だった。砂と、闇に浮かぶ月、眼前には、それしか無かった。
「ってか、眠いっす俺も」、そう聴こえてきて、私は、ハッと後ろを見た。
見知らぬ坊主頭の男。
「そそ、新しいでしょ」そう男が言って、頭の刺青を見せてきた
11192。数字だけが並んでいた
11192。この数字の意味を問いただす。
「今の西暦だ」
私は、愕然とした。11192年。
ここは地球なのか。なぜ、私は、生きているのか。頭が真っ白になっていると、キーーンという音がした。
酷い頭痛だ。
眼を閉じる。
意識の中、一通の手紙が泳いでいる
彼女の声がする。
「貴方は、パラレルワールドに迷い込んだの」
ごめん、やっぱ眠いわ。
そう、私がつぶやくと、彼女の声が消えた。
ふう、やっぱ頭痛には、バファリンだな。
ポケットに偶然あった、バファリンに感謝する。
冷静になった私は、11192が今の西暦とかいう坊主を蛸殴りにする。
未完