宇宙の朝食
散布すべき薬物の所持
大きな金属加工工場の鋼鉄音がケタタマシく鳴り響く中、私は比較的早い起床時間を迎えた。昨日はどういうわけか非常に眠たく、PM 9:44ごろに完全に眠りについたのが原因だろう。私は目覚めも少々心地よく、普段は摂らない朝食を摂ることにした。家を一旦出て、裏庭にある錆びついた倉庫へと向かう。金属加工工場の音があまりにやかましく、倉庫から聞こえる無数の赤ん坊の声など意識しなければ全く聞こえないと言っていい。
私は倉庫の扉を開けた。
倉庫の中は不思議な空間になっている。ここでは時間が動かない。中で喚いている無数の赤ん坊はいつまでたっても成長しないし、一般的に時間を使用するとされる事象は全て物凄い速さで元に戻っていく。人間にはそれが見えない。…いや、もしかすると単純に私がどこからか赤ん坊を手に入れる術があり、毎日のように赤ん坊をそこに放り込んでいるせいかもしれない。現に、見ろ。泣いている赤ん坊は10匹ぐらいのもので、残りの無数の赤ん坊は青くむくんだ体で、石のように物言わないではないか。ともかく、私は朝食を摂るのだ。腹が減っているのだ。やはり、食材は新鮮なのが良い。という事で私は一番やかましい、飛行場のようなキーキィとした声を発している、猿のような奇形人間のような、顔ばかり大きな赤ん坊の左手を乱暴に引っ張り引きずる。
クシャキッ ピツッ
変な音がした。
きっと赤ん坊の左腕の間接が変な風に曲がって折れたのだろう。いや、左肩がねじれて外れたのかもしれない。赤ん坊は更にやかましく喚きたてる。凄まじい破壊音だ。まるで耳栓をしていない時の音響スタジオのような、初めて行ったグラインドコアバンドのライブのような、匂いで表すならゴミ処理場のホールのような、不快だ。不快極まりない。いくら新鮮な食材、すなわち優良な食材だからと言えども私を不快にすることは許されない。私は赤ん坊の、赤く醜く膨れた丸腹を強く殴った。赤ん坊は「げぅ」と声をあげると、喚くのを一瞬やめた。一瞬でも連続して止めればずっと止まっている事になる。私は赤ん坊の腹を何回も殴りながら、飛ばない矢の微分を求めようと脳内に血液を巡らしていた。
私は朝食を済ませた。赤ん坊のポトフだ。下ごしらえ(血抜きなど)が少々面倒くさいが、代価に見合った美味である。今日は玉葱、人参、馬鈴薯、赤ん坊、という非常にスタンダードなセットで攻めてみた。サヤインゲンなどで緑色が欲しかったが、あいにく冷凍庫には凍った深海魚のようなものしか入っていなかった。(多分、上あごに擬似餌があるのでガラテアソーマの類だろう)
まず、下ごしらえの終わった赤ん坊の肉を塩もみし、臭みを抜く。そして軽くバターでソテーして旨味を引き出す。これがポイントだ。そして家庭用圧力鍋で煮込む。煮込みまで少々時間がかかるので、その間に野菜の準備をする。肉が煮込み終わる前に野菜とコンソメを入れ、さらに煮込む。私は赤ん坊のポトフが好きだ。もちろん味もだが、何より、完成品の宇宙的な母胎を感じさせる姿が好きだ。私はこの料理が完成する度に、射精する。赤ん坊が半透明のコンソメ色に染まってぷかぷかと圧力鍋の中に浮いている光景。それは、さながら羊水の中で夢を見ている胎児のように美しく、神々しい。キラキラと輝く油の玉が胎児の体をより一層輝かせ、また、浮かぶ野菜の人工的な断面ばかりが無機質に漂う羊水の残忍さを確認させ、宇宙の意識をそこから汲み取る事で、私は胎内を感じ、達するのだ。しかし、射精というのは所詮一時的なものにすぎない。私はすぐに下着を替え、赤ん坊のポトフを食するのだ。
…現在はAM 9:32である。
私は明日の食材を探しに出かけなければならない。
どうも口の中が不快だと思ったら、赤ん坊の眼球の壁と思わしきものが舌の裏に張り付いていた。私はそれを吐きだすと、産業廃棄物の空を見上げながら、
「ごちそうさまでした」
、と小さく唸った。