03:野良猫たち
chick
ある日曜日の午後、私は同期のあさぎちゃんとカフェでお茶を飲んでいた。
「今日は付き合ってくれてありがとうね」
大木を縦半分に切っただけのようなテーブルをはさんであさぎちゃんがそう言った。
さっきまでお昼ごはんを食べに、ビュッフェをしているホテルにいた。あさぎちゃんが雑誌で見つけたらしく、紹介されているだけのことはあって味も値段も文句のつけようがなかった。
「久美ちゃんが食べるの好きな人でよかったー」
あさぎちゃんはよくしゃべってよく笑う。私とはまったく違うタイプだ。その性格から友達は多いはずなのに、あさぎちゃんはよく私を誘う。あさぎちゃんに好かれて嬉しいのも事実だが、驚いているのも事実だった。私にはあさぎちゃんがとても魅力的に見えるのだ。一緒にいると夢を見ているような気持ちになる。
そう言ったらあさぎちゃんは笑った。
「久美ちゃんだって魅力的だよ」
「どこが」
「人との距離の取り方がうまいの。人の事情に踏み込むことはしないし、苦手な人とは無理に仲良くしようとしないし、それでも気まずくもならないし」
それってすごいことだと思う、とあさぎちゃんは続けた。真剣な目だった。
思い返してみると、あさぎちゃんはオープンな性格のためか自分が望んでいる範囲外で踏み込まれることがよくあった。プライベートなことを根掘り葉掘り聞かれて困り顔をしているのを見たことがある。あさぎちゃんはよくしゃべるけれど実は自分のことをあまり話さないし、あまり人の事情には踏み込まない。
「あさぎちゃん、恋人は?」
初めて、プライベートなことを聞いてみた。
「先週別れちゃった」
「そっか」
「ほら、それ以上踏み込もうとしない」
いや、だって。あさぎちゃんのような子なら恋人がいてもおかしくないし、人間同士なのだから離れることだってある。それはみんな同じだと思ったら自分から聞こうと思うほど興味がわかないのだ。
「久美ちゃんは?」
「去年、別れた」
「え、意外」
「何が」
「彼氏がいたこと」
「うわ、失礼な」
あさぎちゃんのこういう素直なところも好きだ。
「だってうちの部署の、ほら、広樹さん。あの人もそう言ってたよ。久美ちゃんは一匹狼ならぬ一匹猫だって。彼氏に甘えたりするところ想像できないよ」
驚いた。そう見られていたことにではない。見られていたこと自体に驚いたのだ。
「久美ちゃんって猫だよね。狼みたいにとっつきにくくないし」
あさぎちゃんはそう言ってまた笑った。
違う、私はそう言いたかった。猫なのは私じゃない。あさぎちゃんの方だ。自分が好きだと思った人にしか心を開かないところだってそうだ。何より、あの夢を見ているような気持ちは、タクミといるときとよく似ている。覚めてほしくないけれど、覚めてしまっても寂しくならない、そんな夢。
「久美ちゃんの元彼ってどんな人だったの?」
「猫に似ていないってことは確か」
「何それ」
そう言ってあさぎちゃんはやっぱり笑うだけだった。
この文書は以下の文書グループに登録されています。
朝日のあたる猫