少年詩人と老いた戸棚の対話 〜ランボー詩集読書記〜
服部 剛
今、僕の机の上には「ランボー詩集」(堀口大學訳)
と「地獄の季節」(小林秀雄訳)が置いてある。個人的
には小林秀雄訳が好きだが、作品によっては堀口大學訳
がいいと思う場合もある。同じ詩でも訳者によって大分
印象が変わるものだと改めて思う。
ランボーの詩世界のイメージは、心ゆくままに放浪し
ながら夕陽や海の情景から恍惚の世界そのものに覆われ
てゆくような感覚があり、ランボーの「詩的恍惚の世界」
は生きる哀しみさえも越えた歓びの瞬間を垣間見ている
のが「感覚」や「永遠」を読んでいると伝わって来る。
拙い僕の読書量ではあるが、その点にランボーの詩世界
の核心だと現時点で僕は感じている。
今日僕が仕事帰りに読んで「いいな・・・」と思った
ランボーの詩はそれら代表作とは異なる地味な佳作「戸
棚」という詩である。十六歳で書いたというこの詩は、
家の中の古い棚に老人のような雰囲気と存在感を感じ、
扉を開くと古着や祖母の肩掛け、飾りメダル、肖像画や
押し花まで・・・様々な想い出の品々を中から取り出す
好奇心のある少年ランボーの姿が浮かぶ。
その古い棚が扉を開いた姿が家族の思いでを語るよう
に口を開く姿とイメージが重なり、「想い出を詰め込ん
だ不思議な箱」のような描写がとても印象的である。
詩の節々で、古い棚の中から古葡萄酒のような薫りや
衣類の匂い、果物の香と匂う押し花の匂い・・・と詩の
中から読者に香りを伝えているのも密かに効果的である。
少年ランボーと古い棚との対話がいきいきと終連でも
描かれている。
昔の戸棚、お前こそ、どっさり話を持ってるな!
話がしたくてたまるまい、そうらしい、
そっと開け閉めするたんび、お前の扉がきしむもの。
※ ランボー詩集(白鳳社)より引用。