麻酔
蒼木りん
切り離された臓器の傍らであなたが眠っている
ちからなく
まだこちらに戻ってこない意識
真っ直ぐに伸びる廊下の向こう
夕日が熟れた色で光っていて
あの世へ行く道みたいだった
待合の長椅子にもたれ
病院というところにうごめく見えないもの
見えるもののさまざまが廊下を往来する
インスタントコーヒーと汚物の匂い
私は大人になって知った
消毒液の匂いはストイックな清い匂いではなかった
ウエストの締まった白衣と白ストッキングの中身は
人形のように脱毛されて指先はいつも冷たい
それは嗜み
なま臭い生の匂い金属の器具と消毒アルコール
薄暗い蛍光灯のトイレ
衛生と不衛生の同居するところ
帰る途中の電車
何度も居眠りをしてはハッと目覚める
ほんの1・2秒のこと
そのたびに見た夢の断片はどれも
尋常ではない
微かな消毒アルコールの揮発と
麻酔の記憶をたどる
子宮開口堕胎廃棄縫合抜糸
痛み涙寝間着スリッパ公衆電話
肉体を持つが故の苦
肉 体 欠損 再生
いまは痛みに眠れないでいるだろうか
濡れた道の夜
気配のない家では
おたまじゃくしがカエルになって待っていた
何にせよ
最善の方法らしい
とりあえず
終わったのだ