つり銭
リーフレイン


あかもん行きーー 
 この電車は赤門行きです。ご乗車の方はお急ぎくださいーー

がっちゃん と音を立てて路面電車が動き始めた。 
「あぁ、間に合った。車掌さんごめんなさいね。」
「どうぞ足元にお気をつけください。」
「ありがとうございます、おいくらですか?」
がっちゃんごー、がっちゃんごーと揺れる一両しかない電車。
車両幅が狭く、向かい合わせの長椅子には人が隙間なく座っている。
丸い白いつり革が電車の横揺れにつられて揺れている。

次はさんちょうめー、さんちょうめー、
 お降りの方はブザーを押してお知らせくださいーー

「きいちゃん、きいちゃん、ああよかった、かあさんの分も払ってくれる?お財布忘れちゃったのよ」
突然、母の声が聞こえた。見るといつもの着物姿の母が困ったような顔で佇んでいる。
「かあさん、何やってんのよーーー 車掌さんお幾らですか?」
「ええと、お母さんの分は8900円になります。お客さんのは240円ですね。」
「え?」
「そうなのよ、きいちゃん8900円だって、かあさん困っちゃって。」
「え、そうなの。」
「じゃあとりあえず240円っと、」

次は・・・・・・まえーー ・・・・・・まえーーー おおりのかたは・・・・・・

「あ、もうすぐ着くわ、ボタンボタン」
「ええと、一万円、一万円・・・・・・」
「ありがとうございます。」
「車掌さん、おつりおつり」
出口の方まで先に行ってたかあさんが
「きいちゃん、かあさん一人じゃ降りられそうもないのよ、一緒に降りて家まで連れてってくれる?」と たよりない声。
「え、一人じゃ無理なの?しょうがないなあ・・・・・・・車掌さん、お釣りくださいな。」
お釣りを中々くれない車掌はほほ笑みながら口に人差し指をあて、小さい声で
「お客さんは生きてらっしゃるからここにいらっしゃい。」とささやいた。

不思議に思うまもなく電車がガタンと止まり、母は出口に吸い込まれていく。
車掌さんもほほ笑みながら消えていった。
路面電車も消えてしまった。


自由詩 つり銭 Copyright リーフレイン 2008-11-10 21:01:34縦
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