昨日は孤独な世界①
錯春

あるいくつかの凶暴で傲慢な視界について。



団地に女の子が一人、生活をしている。名はモモヨ。彼女は半年おきに形態を変化させる。緩やかに30キロ太り、緩やかに30キロ痩せる。何度もそれを繰り返し、家族も友人もペットもそれが彼女の生態系のひとつだと思って、慣れっこになった。
モモヨは醜いわけではない。かといって綺麗なわけでもない。それでも彼女はヒステリックに騒いだりはしない。どう変化しようと、なりたくてそうなったわけではないが、とくに恐れてもいなかったから。
変わらないのは物心ついたときから長い髪の毛だけ。
彼女の「切らない染めない気にしない」の信念をもとに、一年にきっかり12センチ伸びていく(でも手入れはしている)髪の毛。
偶然にも、彼女の髪の毛は美しく、柔らかく、そして羨望の的にさえなった。
しかし、それも一番最初は彼女の母親の「女の子なんだから」のエゴから始まったことであることを、彼女は知らない。
それは幸いである(彼女は髪にアイデンティティを感じているから)
幸いである(彼女は今しか考えられない、だから今伸ばされている髪がいつのしか陰毛のように縮れて抜けていくことなんて想像しない)
幸いだ(彼女は母子家庭で育ち、田舎を知らなかったので、故に老人を見たことがなかった)
自分の範疇を越えるものを見たことがなかった。

そしてクリーム色の浴室でぼんやりとフトモモを撫でる。
今はそんなに太っている時期ではないが、何度も膨らんでは痩せるから、皮膚は弛んでたぷたぷとしている。
もう長いこと、男の子とデートをしていない。
モモヨは自分が太るのは、男の子との定期的な交際が無いからだと頑なに信じている。恋をしないから、肉体が膨張するのだと。ペニスを刺されることによって、溜まった澱が外部へ流れていくのだと。
(だが、彼女は愚鈍であるが少女ではない。本当の少女というものは、何かの手段のためにセックスを用いたりしないし、例え一度たりともセックスを面倒なものだと思ってはならない)
モモヨは夢想する。
まだ出会ってもいない男の子のペニスの味を。

(今度恋をするとしたら、求められるからといっていやらしいことをするのはやめよう。暗闇の中で、どうしても濡れないからといって、こっそり自分の体に唾液を塗りつけて知らん顔でいるような、そんな恋をするのはやめよう)

彼女は浴槽でいつも夢想する。それが胎内にいたころからの癖になっているからだ。

(きっときっときっときっとずっとずっとずっとずっと誰もこともあいさないままあいされないままじんせいがおわったらどうしよう)

モモヨは自分のことを、ものすごく可哀想だと思う。そして、こんなにも哀れな自分こそ、誰かに愛されるに値するのだ、とも。

(がむしゃらに夢中になれるものが人が、正直なんでもいいからほしい。そんなことは若いうちしかできない)

でも。何かに夢中になるっていうのは、すぐ飽きて嫌になるってこと。



中学生の男の子がいる。場所は、塾をさぼって訪れたコンビニエンスストア。名はハルオ。
彼は大人びた顔をしていて、女の子にもてて、パピコを半分こする親友だって、いる。
それよりも何よりも彼のステイタスとなっているのは、女子大生と交際をしていることだ。
ハルオはものすごく高いプライドを持っていて、それを傷つけない為に、相応の努力もした(それは運動会で一番をとることだったり、皆に嫌われているホームレスを率先してリンチしたりすることだった)
最近の英雄は、正義をだらだら垂れ流すだけではなれない、ということを、生まれたときからよく理解していた。
だから、同級生でなく、幼馴染でなく、女子大生と交際をしたのだ。うっかり自分達のテリトリー内でくっついたりしたら、冷やかされたりノケモノにされたりするだろう。それを熟知していたからだ。
ハルオは中学生らしいリアリズムをもってして、呟く。
(精神の悪いところは、心の中でどんだけひどいことを思っていても、世界には何の影響も出ないとこなんだ)
もっと簡潔にいえば、身体感覚は自分を裏切らない、ということらしかったが、そこまで斜に構えるのは恐ろしかった。
一種のブランドのように、彼は年齢を認識している。
社会に出たらそんなことは問題無くても(つまり年齢なんかよりももっと残酷な目で評価されるということ)、今、彼は年上の女子大生と交際をしているということに意義を感じている。
要はその女子大生が何者なのかは関係が無い。
彼は恋をしらない、愛も。だからこそ、自分がもてていることに気づいていない。

(やろうと思えばいつだって、恋愛なんかできるんだ)

なんの疑いも無く、そう考えている。

それがとんでもなく無様で、彼にとっては「敗北感」に近いものであるということを彼は知らない。





散文(批評随筆小説等) 昨日は孤独な世界① Copyright 錯春 2008-10-25 18:05:49
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