PoorPoor
影山影司

 PoorPoor

 プアプア用意しといて、ヂレクタが筒状に丸めたホンでボックスを指した。ボロボロの野球帽を前後逆さに被り、一昔前に流行ったリバーシブルジャケットを腰の辺りに巻いたヂレクタ。何日も家に帰らず働くので無精ひげともみ上げが引っ付いてしまっている。それに加えて長くなった髪の毛をそこらに落ちていた紐でくくった物だから、業界人というより泥棒だとか浮浪者に近い。
 「うーっす」と俺は作業に取り掛かる。
 プラスチック竹を編みこんで作られたボックス。ふたを開けると中には萎んだプアプア。一枚引き摺り出してツマミをさぐり、ぷぁぷぅあと息を吹き込む。ぺらっぺらでつるつるしていたプアプアは膨らむと質感を得る。肉だ。人型になるまではちょいと多めに息を吹き込まなくちゃいけない。一度、深呼吸をして深々と吹き込む。
 口にくわえたツマミが、乳首へ変質する。
 完成だ。

 口を離して唾液を拭き取りギュッと強く摘んで漏れを防ぐ。粗悪なアダルトビデオでも着ないような安っちぃメイド服を着せる。女形2066型一体完成。次は男形2070型。これにスーツを着せて、レポーター二体が完成する。
「セットはどうしましょ?」
「サテンでよろしく」
「へーい」
 物置まで一っ走り、隅に畳んでしまわれたプアプアを台車に積み込む。その上からポンプを積み込み、気を抜くと斜めに曲がる台車を押して戻る。そして、また同じようにプアプアを膨らませた。五分もすればこじんまりとした、いかにもな洋風喫茶店が一軒出来上がる。自然派ケーキと本物のコーヒーが売りなのよ、と表看板の看板ドールが微笑んだ。周囲にはまったりと焙煎の匂いが満ち、中を覗き込むとすでに二名分、ケーキセットが用意されている。

「ライトスタート」
 ヂレクタの掛け声で、周囲の灯りが燈る。コンクリート張りの古倉庫。壁面には頑強なH型の鉄骨が走る。天井からスクリーンが降りてきて、ちょうど人形劇のように雰囲気が一変する。スクリーンには青空が描かれている。それにサンライトをあてると、まるでスモッグひとつない空のようだ。
「芦人クン、プアプアのスイッチ入れといてね。十分休憩終わったらはじめっから」
「うっす」
 2066と2070の両肩を、マッサージするように手のひらで揉んだ。

「おはようございまーす」
 呼吸のたびに合成燃料の匂いがする。
 芸能人特有の笑顔を浮かべ、発声訓練を受けた声で業界挨拶。
 プアプアはまるで人間そっくりだ。


 第なんとか産業革命によって開発されたプアプアは人間の労働環境を塗り替えた。
 人間そっくりのアレは、強い力や複雑な行動こそこなせないが限定された環境下でならそこそこの知能を発揮する。例えばテレビのレポーターや、なんらかの監視などだ。もちろん、教育されていない未知の環境でのレポートや予期せぬアクシデントには対応できないのでその都度少ないメモリバンクに要領よく記憶を詰め込まなくてはいけない。だからこうやって俺みたいなのがいるって訳だ。
「芦人クン、最近がんばってるねぇ。肩凝ってる?」
 ホモっ気があると噂されるヂレクタは、隙を見ては俺を触ろうとする。
「いえ、元気ですよ。仕事ですし」
 入ってきた当初は突然のことに固まったものだが、付き合いが長ければ慣れる。
「それより、休憩終わりですね。撮影いきましょう」
 ヂレクタはチェ、と口を尖らす。突き出た唇が、生々しい。


 撮影が始まれば俺は機材を弄り、ヂレクタはカメラマンになる。
 カメラに写らないようにアームを操作して、先端についたマイクをレポーターに向ける。そしてツマミを適時動かして音量やノイズカットを調節する。単調な仕事だ。ヂレクタは顔をしかめながらカメラに顔をくっつけている。撮影のために生まれてきたような人だと思う。
 レポーター達がケーキとコーヒーを飲み食いして、当たり障りのないことを言い、架空のアクセス情報を告げて、撮影は完了する。

「カット! おつかれさまでーす」
「おつかれさまでーす」

 肩をもう一度揉んでやると、プアプアは終了する。全身の力が抜けて、直立の形で固まったままのプアプアの衣服を脱がし、乳首をつねる。するとシュウシュウと空気が抜けてもとのペラペラのプアプアに戻る。喫茶店も同じように戻して、すべて揃えて物置にしまいこむ。コーヒーの匂いだけが残り、元通りの倉庫となり、ライトが消えると、薄暗く寒い。

「じゃあ、全部終わったんで帰りますね」
 カメラからテープを回収するヂレクタの後ろを通り過ぎる。そこではたと気がつく。
 この倉庫に出口なんてあったのか?
「芦人クン」
 呼ばれて振り返ると
「おつかれさーん」
 肩をたたかれた、とたん、体の動きが止まる。薄暗い。
 へにゃへにゃと視界が沈む。ここは一体どこなのだろうか。
 そもそも俺は誰なんだ?
 低く低く沈んだ視界ではヂレクタの穴あき靴と綿埃の積もった床しか見えない。
 手足を折り畳まれる。
 ヂレクタの格好はまるで泥棒だとか浮浪者のようで
 そもそも俺は誰なんだ?


散文(批評随筆小説等) PoorPoor Copyright 影山影司 2008-10-23 02:11:55
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