幽霊
天野茂典

  
    

  狐のかみそりが赤く咲いていた
  藪のある舗装道路だった
  ぼくが轢いたのは蛇だった
  チュ−ブのようないきものだった
  前輪でごつん 後輪でごつん
  ぼくのバイクは二度いきものを
  轢いたのだ 避けようがなかった
  奴は 道の真中をうねうね這っていたのだった
  ぼくもスタンディングでよそみをしていたから
  発見が遅れたのだ タイヤの下のいきものは
  機械の感触とちがっていた ぼくは
  腰がひけた とても気分が悪かった
  これまでいきものを轢いたことはなかった
  おなじ生物が機械で死を強要されるのだ
  許せることではない ぼくはおもった
  だからといって110番通報することも
  バイクを下りて そっと介抱してやることも
  ぼくにはできない ぼくは足のない蛇が
  大嫌いなのだ いつも足が竦んでしまうのだ
  とうてい手当はできない ぼくは轢き逃げ
  することにした なんだかたたられるような
  気がした 気味が悪かった からからの蛇が
  道の真中に 紐のように落ちている光景が
  おもいやられた ぬめぬめのはらを夏空にむけて
  蛇は生涯を終えるのだ バイクに轢かれて
  旨いものも食ってきた 異性にも恵まれた
  もういうことはない 炎天下の舗装道路で
  じりじり皮膚を焼かれながら 渇ききって
  塵になるのだ 粉々に砕けて粉塵になるのだ
  夏の終わりには もう影も形もなくなって
  空気を汚す光になっているだろう
  もう藪を爬行することもないのだ
  天敵におわれるこもないのだ
  藪には燃えるような狐のかみそりが なにごとも
  なかったように咲いていた
  幽霊のような花だった


  ぼくのバイクは林道の頂まで走ってくると
  おなじ道をひきかえしてきた
  注意しながら走ってきたが どこにも蛇の
  なきがらは発見できなかった
  蛇は蒸発したのだと ぼくはおもった


2004.8.1


自由詩 幽霊 Copyright 天野茂典 2004-08-01 12:17:48
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