Degital Evil Saga-Antena-
影山影司

 魔王を倒すのは勇者だが、神を倒すのは兵隊だ。
 前者は先立つことを恐れない勇ましき人、即ち孤独にして唯一である。
 後者は違う。徒党を組み、個を規律によって火飽カーキに塗り潰す。一人が死んでも粗製濫造された次の兵士達が武器を手に手に前進するのだ。我々は後者であり兵隊であり勇者とは違う。
 屍を塹壕に籠城戦を行い、トロルやケルベロスを撃ち、爆殺する。
 垢と血汗に塗れた衣服はやがてアスファルト色の鎧となり、熱を上げて我々の練度がより強固となった。

 この世は巨大な煉瓦造りの塔である。
 神が設置した慈悲深き地獄なのだ。

 最下層に生まれ、女に「強く強く成り給へ」とうたわれて育つ我々は、元服の日に子種を残して階段を上る。そのとき渡される頭巾フード外套コート銃器ソードとちいさな門扉ゲートだけが生涯の荷となるのだ。
 永遠延々と続く階段と階層をただただ歩けという。
 病で死ぬ兵は黒く爛れてアスファルトの道を造る。獣に襲われて死んだ兵は焼かれて飯になる。
 逃げ出した兵は撃ち殺し、墓を建てて「勇敢なる同志ここに眠る」と讃えるしきたりがある。

 倒れた兵のその先へ進むのだ。

 慰み代わりに口伝の詩を歌えという。
「強く 勇ましき 人が 王栄翁
 強く 浅ましき 人を 王栄桜
 強く勇ましき 人は やがて 衰えて
 ただそれでも力は強いままなのだろう
 誰にもできない全てをもつ人
 勇ましき人は浅ましき人へ
 浅ましき人はてっぺんに座って
 弱き人をわらうだろう
 わらうだろう
 人のことなど忘れて
 わらうだろう」
 軍靴の拍子に合わせて進行し、やがて眠るときも歌と共に眠るのだ。


 靴と脚が張り付いて離れなくなるほど歩いても頂上には辿り着けない。
 先人が踏み固めた土を踏み、病で果てては自ら道となって、子のために子のためにと兵は一寸でも先へ這う。父の名誉を忘れぬためにと子はその先で同じように果てて逝く。「おまえは先へ征け」足下から「ただ先へ征け」声がする。


 髪は全て白くなった。歯も全て抜け落ちた。一段一段這いずるように上り詰めた塔の頂上はやけにだだっ広い所だった。友人の干し肉を奥歯の上で転がして、皮と腸で作った水筒に貯めた血液で一息に飲み下した。

 頂上には神が居て俺は理由もなく殺さねばならなかった。
 俺の背筋は既に曲がっていたが、外套はガチガチに固まっていて、手入れの行き届いた銃器は、存分に吠えた。


 それからしばらくの事は憶えていない。
 引き千切ったように壊れた神が死んでいた。
 神の体からだくだくと流れ出した血だまりに門扉を浮かべると、音を立てて俺はその向こうへと吸い込まれた。
 気がつくと辺りは真っ黒の木々に覆われた森。
 塔も階段も煉瓦の影形も、見あたらない。
 腹が減ったと呟くと、狼の遠吠えがきこえる。


散文(批評随筆小説等) Degital Evil Saga-Antena- Copyright 影山影司 2008-10-02 04:07:42
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