俺の冒険
日雇いくん◆hiyatQ6h0c

 
 俺はとにかく女とやりたくて仕方がなかった。
 外を歩くたびに女を見てしまう。
 そうすると下半身がうずいてどうしようもなかった。
 ひどいときはうずきに耐えられず、しばらくしゃがみこんだりした。
 そんな時は苦しくて苦しくてどうにもやりきれなかった。
 しかし女に声を掛けるなど、恐ろしくて出来なかった。
 断られた時のショックを思うと動くことができなかった。
 股間のそういうむず痒さに耐えながら、日々耐えるだけだった。
 家にいるときはまだいい。
 好きなときにオナニーしていればうずきがおさまる。
 おさまった後は寝ていればいい。
 何回かオナニーした後はよく眠れるものだ。
 問題なのはバイトに行かなければならない時だ。
 おれは男だらけの高校を出た。
 頭が悪くて大学には行けなかった。
 女と接する機会もなかった。
 その後なにもせずぶらぶらしていた。
 当然、親とケンカして不仲になってしまった。
 それで家を飛び出し、絵に描いたような汚い四畳半の、西日のあたる部屋に住んでいる。
 だからバイトで家賃分とかその他諸々を稼がなければならない。
 働くのは正直言ってかったるいのだが、一回行ってしまえばどうにか耐えられた。
 しかし問題は外を歩かなければ、バイトに行く事は出来ないということだ。
 派遣の日払いバイトに行っているので日数は調整できる。
 買い物もその帰り道にまとめて買えば外に出なくて済む。
 もちろん女の店員がいないところで買うようにした。
 他にもいろいろと工夫をしてなるべく外へ出ないようにした。
 しかし金だけはどこからもやってこない。
 何日かはどうしてもバイトに行かなくてはならない。
 当たり前すぎるほど、当たり前の事だ。
 やむなくバイトに行くときもいろいろと考えた。
 まずバイト先では、なるべく人と話をしないようにした。
 仲良くなったりすればどこかへ一緒に行く事もあるかもしれない。
 そうするとどうしても女を見てしまう。
 見てしまえば、下半身がうずいて仕方がない。
 思わず犯罪になるような事でもうっかりしてしまいそうだ。
 俺は自分を信じていない。
 俺が自分を抑えられるなど出来るわけがないと思っていた。
 だから少しでも女を見る機会をなくすようにした。
 休憩時間はひたすら目をつぶり時が過ぎるのを待つだけだった。
 仕事だけに集中するようにした。
 バイトはもちろん女のいないようなところに行くようにした。
 そうなると重労働作業が多くなったが、体が苦しくなる分気持ちがまぎれた。
 気持ちを紛らわす事が出来れば金をもらうまで我慢できた。
 運悪く女がいたときはなるべく女のいるところを避けた。
 それでも避けられないときは、女を女だと思わないようにした。
 女の顔をしかたなく見るときには、自分の中でその顔に鬼や般若の面のフィルターを掛けた。
 女のにおいが強くしてしまう時にはマスクを取り出し、風邪ぎみだと偽ってつけた。
 目も悪くないのにカラーグラスをかけ、リアルに見ないようにもした。
 さまざまな創意工夫の結果バイトが無事終わると、神経の使いすぎでヘトヘトになった。
 働くのがいやになったりもした。
 そんなときは家に帰り、カレンダーに働いた日のしるしをつけ、
「あと何日の我慢だ、我慢だ……」
と自分に言い聞かせ、働く意欲を奮い立たせた。

 そんな事をして夏が過ぎ、秋が来て、冬を越した。
 気がつくと一年ほどそんな生活が続いた。
 これからもそんな生活をしなければならないのか。
 思い直すと我ながら恐ろしくなった。
 いよいよ女を作らなければならなかった。
 しかしどうしていいかわからなかった。
 しかしこんな生活をしていても行き着く先は見えていた。
 自殺するか、犯罪者になるか、それともホームレスになるか。
 おれはどっちもいやだった。
 なんとしても女を作らなければならない。
 それにはどうしたらいいだろう。
 とりあえず意を決し、駅前のでかい本屋に行った。
 駅前の本屋はこのあたりでは一番の規模だ。
 駅ビルの中の広いフロアを陣取っている。
 冊数はちょっとした図書館並にそろっているらしい。
 本にはいろんなマニュアルが載っている。
 おれみたいな男が女をつくるためのマニュアルも、きっとあるに違いない。
 おれは店の中に入り、まず店員に場所を聞こうとした。
 しかし、女を作るためのマニュアルはどこにあるのかと聞くのは、正直言ってとても恥ずかしい。
 だが店は圧倒されるほどいろんな本でいっぱいだ。
 目当てのものを探そうにも、こんな所に慣れていないので、どこをどうしていいのかわからない。
 やむを得ず、意を決しておれは店員に聞いた。
「あ、あのー……」
「はい」
「あ、あのー、……人と仲良く……」
「はい?」
「えー……なれるような……その……本とかっていうの……どこにあるんでしょうか……」
 やっとの思いだった。
 恥ずかしい。
 まるでおれが、人とまったく仲良く出来ないような社会不適格者みたいじゃないか。
 もう少しましな言い方はなかったのか。
 急に自分がいやになった。
「はい、ではこちらです」
 店員はあくまでビジネスライクに案内しようとした。
 しかし、おれはつい言ってしまった。
「……い、いえ、すいません!」
 叫ぶように声を出すと店を飛び出し、勢いで家まで帰ってきてしまった。
 そしてそのまま、自己嫌悪のあまり、万年ぶとんで丸まってしまった。
 あとはオナニーするしかなかった。

 次の日、おれは思い直し、あらためて対策を練ることにした。
 いきなり本屋に行くのがまずかったのかもしれない。
 よく考えれば、初めから何かにすがろうというのは虫がいい。
 やはり自分で考えなければ。
 おれはひたすらどうすればいいかを考えた。
 普段からものを考えることをしないので、考えるとすぐに眠くなった。
 俺は考えては疲れて眠り、また起きると考えて眠りを繰り返した。
 そして夕方になった。
「もう夕焼けか……」
 そう思ったとき。
 俺にアイディアが浮かんだ。
 夜になれば暗くなる。
 暗くなれば、女の顔も暗くてよく見えない事もある。
 よく見えなければ、怖くないのではないか。
 ひらめくと夜になるのを待った。
 夜になると、おれは外に出て、家の近くにある大きな公園へと向かった。
 その公園は大きな池もあり、女もけっこう来るとどこかで聞いた事がある。
 そこで女に、仕事のときみたいに鬼か般若のフィルターをかけて話をする。
 そうすれば、暗くて見えない分女だと思えずに済む。
 女だと思わなければ、断られても怖くないだろう。
 公園に着くと、さっそく暗そうなところに行き、適当な女が来るのを待った。
 女に声を掛けようと思うなんて、一年前には考えもつかなかった。
 しかし今、おれは女に声をかけようとしている。
 まるで、困難に立ち向かう勇者のようだ。
 そう思うと、自分が誇らしくなった。
 自分の中でファンファーレが鳴り響くようだった。
 もっともそれはワーグナーの曲なんかじゃなく、競馬の発走時の、すぎやまこういちの作ったファンファーレだった。
 まったく情けない勇者だが、おれはまさに今、大いなる一歩を踏み出そうとしている。
 俺の体の血が、まさに燃えたぎっていた。
「早く、誰でもいいから来てくれ……」
 おれはひたすら、女が来るのを待った。
 そして夜が明けた。

 家に帰り、おれは再び対策を考えた。
 また考えては眠り、起きてはまた考え、疲れるとまた寝た。

 そのまま石になった。





散文(批評随筆小説等) 俺の冒険 Copyright 日雇いくん◆hiyatQ6h0c 2008-09-24 22:48:13縦
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