水面を漂う糸
皆月 零胤

その日の激しい夕立で
空の埃も洗われて
静まり返る夜の水面に
ゆらゆらと揺れる月

僕らはそのずっと下
仄暗い水底の上
その薄明かりの中
沈んだままで抱き合って
水の中の密室で
唇を這わせれば
理性の糸が解けてゆく

その糸を赤く染め
互いにそれを巻き合って
非日常を加速させてまで
置き去りにしたい日常は
何のためにあるのだろう

腕を押さえて覗き込む
燃える瞳はめらめらと
今夜すべてを奪っておくれ
そう思いながら奪い合う

染めた糸の赤色が
水に溶け出し色を失い
解けて消えてしまっても
この瞬間に溺れられるなら
永遠なんていらない

でも
今だけは離さないで
離さないで
今だけは

見上げた水面でゆらゆらと
揺れる月へとゆっくりと
色を失くして解けた糸が
昇る手前を横切ってゆく
小魚たちが群れる雲

水の中では泣いたっていい
どんなに澄んだ空気さえ
今の僕らと関係ないし
他のことはもう
どうでもいい

何もかもを焼き尽くそうと
息をつく暇もなく
本能のまま絡み合う
二匹のカナシイケダモノ

熱い吐息の泡沫が
夢幻の夜に消えてゆき
消えゆく夜の水面をただ
漂うだけの記憶の糸


自由詩 水面を漂う糸 Copyright 皆月 零胤 2008-09-19 21:30:03
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