名前
皆月 零胤

その名前で呼ばれるたびに
本当の名前が海の底に沈んでゆく
こうしている間にも
想い出はつくられているというのに
似たような体温で君は僕の名前を呼ぶけれど
君は僕の本当の名前を知らないし
僕は君の本当の名前を知らない

僕の実家は2年前になくなってしまっていて
貸しアパートになってしまったようだが
もう何年も帰っていないから
それを見たことがない
たまに電話で母親に本当の名前で呼ばれると
泣きそうになってしまうのはきっと
あの頃の僕はとっくに死んでしまっているからだ

自分で決めたことなのに
その名前で呼ばれるたびに
本当の名前が海の底に沈んでゆく
同じ時間を共有して
泣いてみても笑ってみても怒ってみても
君は僕の本当の名前を知らないし
僕は君の本当の名前を知らない


でも
君が笑ってくれると
ただそれだけで幸せだと思う
ただそれだけで

あとは全部嘘だとしてもそれでも構わなかった


自由詩 名前 Copyright 皆月 零胤 2008-09-11 08:05:04
notebook Home 戻る  過去 未来