回覧車Ⅲ
ブライアン

 夜が明けた。風呂なしアパートの一室にも太陽の光は差し込む。隣で友人は眠っていた。友人は寝言を言う。遠くで鳴く雉の鳴き声のような寝言だった。友人を見る。友人は眠ったままだった。パソコンの画面が光っている。夜通しパソコンを打ち続けた。目がしょぼしょぼする。光が弧を描くようにしてゆっくりと離れていく。夜が明けた。昨日が猛はるか向こうになる。友人は地球の目覚めを知らない。光に包まれていく孤独を、寝言一つで払拭する。寂しいというわけではない。心地よい孤独感だった。中心から次第に離れていく。徐々に置いていかれる孤独感。パソコンの画面は陽に照らされていた。光の中から光が放たれている。すでに置いてかれてしまった。ゆっくりと中心から外れてく。

 古い遊園にはメリーゴーランドがあった。メリーゴーランドに最後に乗ったのは、中学二年の夏だっただろうか。東洋のアルカディアと称された米沢盆地から上山温泉郷を結ぶ国道13号線。古い遊園地は北上する13号線の右側に突如現れる。高さも早さも物足りないジェットコースターや、近隣のゴルフ場しか展望できない観覧車。それでも、その遊園地は幼少時代の夢の国だった。成長し世界が広がるとともに、遊園地は時代遅れの産物になった。もはや、遊園地はノスタルジアの一つに過ぎなかった。
 夏休み最後の最後の日曜日だっただろうか。同級生の一人が思い出したように、メリーゴーランドでも乗るべ、と言った。嘲笑と軽蔑を含むその発言に、5人が賛同した。みな男ばかりだった。5人は夏休み最後の日曜日、遊園地に向かった。遊園地は空いていた。ベビーカーを押した女性を何人か見かけた。近くの恋人同士らしい二人組みも何組か見かけた。それでも、仰々しくうなる機械音は空しかった。空のジェットコースターが通り過ぎた。ゴーカート上にもめったにエンジン音は上がらなかった。それらを嘲るようにして、五人はメリーゴーランドを目指した。ベンチに座った女性が子供をあやしている。子供と目が合う。手を振った。子供は呆然と見つめるばかりだった。その女性が代わりに微笑む。半袖から見える腕は黒く焼けていた。
 5人組はメリーゴーランドを見つける。今にも欠伸しそうな店員が驚きの表情を見せた。乗るの、と話しかける。

 中心からゆっくりと離れていく。外へと拡張を続ける宇宙のように。5人はメリーゴーランド上で、遠心力を感じた。互いが遠くへ放られていくような、ゆっくりと離れていくような遠心力を。だが、誰もそのことを口にはしなかった。声が弾ける。嘲笑の眼差しは、メリーゴーランドの外、遊園地の外、もっと外へ。遥か未来へ放たれていたのかもしれない。パソコンの熱を感じる。欠伸が出た。火照った息を吐いた。嘲笑の眼差しが届く。いや、放たれた場所にようやく追いついただけだ。緩やかな時間の曲線が、力尽きて停止するのを待っている。宇宙が無に戻るその前に、重力はすべてを飲み込んでしまおうとしている。5人は笑いを抑えられなかった。腹を抱えて泣いた。メリーゴーランドが止まる。5人は地上に降り立った。この地上がいずれすべてを飲み込んでしまうことも知らずに。ゆっくりと、外へ離れていくのだ。飲み込まれるその事実とは裏腹に。光が、部屋についた電灯を無力化した。その時、寝ていた男は目覚める。ケ・キエレス、と。小説で覚えたばかりのどこかの国の言葉を。さあ、と曖昧に答えることにした。宇宙が無に戻るその時までは。


散文(批評随筆小説等) 回覧車Ⅲ Copyright ブライアン 2008-09-10 21:48:48
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