ホームカミング
カワグチタケシ

石の道を走る硬い車輪は不安定な振動を伝えている
ヘッドライトが照らす速度よりも先にあるもの
暗い通路をときおり横切るもの
何も見えない窓のむこうには音があり、匂いがあり、温度と湿度がある

地下三階のプラットホームの両側に断崖がある
二両の列車が同時に近づいてくる、風が吹く
上り列車、下り列車
プラットホームを挟んでヘッドライトが交錯する

速度
その時すれ違う瞬間に生れる無重力地帯
落下した涙は完璧な球体となって
空中に静止する

静かな朝、無音の雑踏だ
誰も君の涙など気にもとめない
ドアが開き、ドアが閉じる
何も見えない窓のむこうには音があり、匂いがあり、温度と湿度がある

******
そして、夏の光、鉄橋
乱雑な色彩の上を汚れた風が抜ける

岸につながれたまま朽ちていくボートにゆられる恋人たち
起動船のスクリューが河床をえぐり
小さなボートをはげしくゆさぶる
恋人たちは手をふる、笑う、みんな手をふる、日焼けした鼻で笑う

たくさんの小さな嘘にささえられた
僕らの恋は本物だった
それを僕らはホームカミングと呼び
彼らは別の名前で呼んだ

僕は窓を上げ、君の名を呼ぶ
走り過ぎる列車の轟音にまぎれて
声は君に届かない
光、色彩のむこうにも、匂いがあり、温度と湿度がある

******
そして、グリーン
窓のむこうの温度が少しずつ下がる

波はおさまり、呼吸が遅くなる
光の傾斜がゆるくなる
窓のむこうには音があり、匂いがあり、温度と湿度がある
 


自由詩 ホームカミング Copyright カワグチタケシ 2008-08-02 09:37:33
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