良い文章が書けないから良い作品が作れない、なんてバカのロンポー!
影山影司
どうしてこんな狭苦しい部屋に閉じ込められているのか、俺にはさっぱり分からなかった。壁紙一枚貼り付けられていない打ちっ放しコンクリートが八方を囲み、天井と地面はチェス盤が敷き詰めてある。チェス盤の白い部分が仄かに光り、黒い部分が微かに影を落とした。おかげでこの部屋は何から何まで灰色に見える。
床の上には四本の脚がある。
肉付きや毛並みから見て、男の脚だ。
足首のちょいと上でカットされた脚の、その上にガラス板がでんとある。
ガラス板の上にはテレビがある。
テレビの上にはアンテナがあって、アンテナの上には天井があった。
ガラス板と脚は、全て揃って一つの机となっている。時折目を離した隙に何処かへ行こうとするが、幸いこの部屋に出口は無い。暫くすると元の位置でおとなしく蹲るのだ。
机は、ベッドに腰掛けてテレビを眺めるのに丁度良い高さだった。
ベッドは、パイプアートであった。小指ほどの太さのパイプが、自由にうねってベッドを形成しているのだ。一筆書きで作られているらしく、どうしても暇なとき、俺はパイプの端から端まで迷路を辿るように人差し指を伝わせる。
ついでにそのとき、シーツを捲って発見したのだけれども、ベッドの脚は女の脚だった。ふくらはぎがこれまた芸術的な曲線を描き、十枚の爪は美しくなかった。きっと、夏にミュールを履こう、なんて夢にも思わないんだ。
このベッドはマットレスを使用しない。ミルフィーユみたいにシーツを何百層と重ねて、柔らかさを作り出しているのだ。当然枕の部分だけ、ちょこんと盛り上げるのも忘れない。
寝心地は決して良くないけれど、悪くもなかった。せめて脚だけじゃなくって、おっぱいもあれば良いんだけどな。寝るまでの退屈しのぎになる。
八角形の部屋は、これでお終い。
プラスチックの扉一枚隔てて、シャワールームがある。
シャワールームの床は金網で、うっかり踏み抜いたりなんかするとすとーんと下へ落ちてしまう。どれだけ水が滴っても、物音一つしないってのがちょっと怖い。もし体重が一キロでも増えたなら、金網に裂け目が出来て僕を落っことしちまうに違いない。
チェス盤天井から垂れた一本のケーブルを引っ張ると、ラッパ口シャワーからお湯が出る。ここで体を洗いながら糞便を垂れ流し、体内からスッキリ爽やかな気分に浸るのだ。
もう一度ケーブルを引っ張るとお湯が止まって、今度は温風が吹き出す。ラッパ口シャワーは優秀なのだ。
風呂(シャワー?)上がりにベッドに倒れ込むと、机の上には透明のスープと匙が置かれている。この透明のスープがこれまた不味い。味のしない角砂糖を白湯に落として、ぐるぐるかき混ぜたみたいな味がする。だけどこれしか食べ物はないから、毎日こんなものを食べている。
俺の趣味は、テレビを見ることだ。当たり前だけど(だってそれしかないからな!)。
オンボロテレビは電源ボタンとチャンネルジョイスティックだけのシンプルな構造だ。電源を入れて、ジョイスティックを適当にガチャガチャ動かすと勝手に座標を割り出して電波を捉える。
昨日映ったのは、俺と同じような部屋に住んでいる女の一日だ。もっともこの女の部屋は俺の部屋よりずっとカラフルで、思わず「あぁこんな部屋じゃなくって良かった」って言いたくなるくらい明るい。取り立てて面白いシーンはなかったけれど、「不味い」って我慢しながらスープを飲む表情が可愛かった。(何故か匙はなく、代わりに箸が置いてあったのも良かった)
毎日同じチャンネルだと飽きるので、電源をつけてすぐにジョイスティックをガチャガチャに動かしてザッピング。一種の決まり事だ。
今日映ったのは、広々とした草原だった。草原、というより芝生原だ。相当な広さで、地平線が見える。天井は無く、キラキラと輝く青空があった。そして子供が、一杯いた。百人? いや、百一人はいる。一杯いる。
みんなしてコロコロ転がっている。
ザッピング。
ログハウスだ。荒削りの木材に囲まれて、二人の男がベッドに寝そべっている。二人とも臑のあたりから下がなかった。机の脚を蹴飛ばすと、片方の男が悲鳴を上げる。
ザッピング。
おっぱいの無い女が身をくねらせていた。けしからん。
ザッピング。
真っ暗闇だ。
ザッピング。
そんなことを繰り返しているうちに、俺はいつの間にか眠ってしまう。
目が覚めると唇がなかったので、声を出さずにおはようと言ってみた。
無いはずの唇にちょっぴり柔らかい感触を感じるよ。