コイン/ゾウさんのこと
石畑由紀子

十年前、通っていた英会話学校のパーティで彼は気さくに声をかけてきた。とあるミャンマー人との出会いであった。三十代半ば、日本人よりもやや健康的に焼けた肌をし、そのぶん白い歯が印象に残るその紳士は、人懐っこくよく話し、よく笑い、社交的でつねにムードメーカーであった。クセのあるアクセントではあったが淀みなく英語を話すさまをみて、きっと教養のあるひとなのだな、と感じつつ、ときおり単語が浮かばず天井を向きがちな私の会話ペースを気づかってくれることが嬉しくもあった。そのパーティですっかり意気投合した私たちは、その後も連絡をとりあっては互いの友人とともに会い、休日にランチをしたり郊外の観光地へとドライブしたり、この街のよいところを色々と彼らに案内してまわった。あるときは覚えたての日本語……ひらがなで書かれた看板を、車内からみつけては子どものように大声で読み上げていったことがある。よつば、てんぷら、おおつか。貪欲がゆえの高揚感はしだいに可笑しさへと変わり、気づけば私たちは狭い車中でゲラゲラと声を上げて笑いころげていた。母国語の違う私たちがひとつのことで笑いあう、ひととき。

約半年の滞在期間を終え、彼の帰国が近づいたころ、街で行われた国際交流フェスティバルの会場で私を迎えてくれた彼はミャンマーの民族衣装をまとっていた。ロビーに飾られた国旗の前に端正なおももちで立ち、私はそれを写真に収めた。晴天のなか、敷地内の広場でビートルズやジョンレノンを歌い、場が盛り上がったころ、彼は誰かのギターを借りてカーペンターズを弾き語りはじめた。『TOP OF THE WORLD』だったと記憶している、一緒に口ずさむもの、手作りのマラカスを振るもの、青空の下、それぞれに違う肌をした者たちがひとつの歌をかこみ、笑顔で満ちていた。広場はちいさな幸福そのものであった。


帰国直前の告白で、私は彼がミャンマーの軍人であることを知った。彼の帰国後、クリスマスカードに添えられた住所はヤンゴンの国防省。ミャンマーの美しい風景、夜の灯りが表紙になっているカードには彼の手書きのメッセージがあり、いつも私と私の両親の健康と幸福を祈る言葉で締められていた。幾度となく続いたやりとりのなかで、いつか彼へ送ったメッセージがある。夢想家のような言葉であった、けれど伝えずにはいられなかった。この世にはそれぞれの国や人のどうしようもない壁や事情がたくさんあるけれど、どうにかして、いつかそれを越え、世界中の人々がともに笑える日がくると信じている、とーーー。

人のあいだに、争いがなくならないのは。なぜだろう、この世から弾圧や戦いがなくならないのは。
財布からちいさな写真をとりだし、自分の息子や娘のことを目を細めて話していた彼の姿が浮かぶ。愛がないのではない、むしろある、家族であり友人であり、大切におもう存在がある、その愛と並行していつもこの世に争いがある。人によって土の上を流れる人の血がある。ひとつのコインの、表裏。分かたれることのない。


ゾウさん、元気ですか。





散文(批評随筆小説等) コイン/ゾウさんのこと Copyright 石畑由紀子 2008-06-29 22:05:22
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