羽虫
生田

 黒というよりかは藍色の夜空を羽虫が通過した。深夜のコンビニエンスストアー。壁面ガラスには黒い点が、わさわさしている。ため息をつきながら、私はキンチョールの煙をその点々に振りかけていく、そうして落ちていく羽虫の名前を私は知らない。私は殺戮者ではなく、店員なのだ。客が私の名を知らないように、私も羽虫の名を知らない。
 もしかしたら、いまさっきの羽虫すべては一夜の命だったかもしれない。本能とは厄介だね、と茶化す。羽虫が思考をする生き物なのか、感情を抱く生き物なのか私は知らない。おでんの什器に落ちた羽虫をおたまで掬い上げて流しへ。店内放送を止める深夜帯、排水口の先からは、あらゆる機械の呻き声が聞こえてくる。飲み込まれていく羽虫は抗わない。
 羽虫と私との違いを考える。午前四時、撒きすぎた殺虫剤が目に沁みる。羽虫は涙を流すのだろうか、汗腺はあるのだろうか。一時に廃棄になった弁当を電子レンジに放り込んだ私と羽虫の間に連続性はなかった。お互い、断絶した点であった。しかし、私は羽虫を認めたが、羽虫が私を認めたかは定かではない。人でいえば、致死性の毒ガスを用いた無差別殺人に出くわしたようなものか、とゴミを出しに行く途中、さっき落とした羽虫を掃いていなかったことに気づいた。片付けねばならない、店員として。


散文(批評随筆小説等) 羽虫 Copyright 生田 2004-07-12 11:51:04縦
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