呼ばれてきた男
あおば

           080509

神経質な男がいた
体温計の目盛りが
37℃を越えたと
大騒ぎする眼をなだめ
再測定を促すためにも
新たな予兆が期待される

男は毎夜壁を抜け
入院患者の心を悩ました

再測定いたします
体温計が取りだされ
声が命ずるままに
脇の下にはさまれ
特等席で縮こまる
ぬくぬくした時間が経過しても
37℃を越えない限り
安全だと言い張る神話を
赤い文字が後押しする

つまらない顔をした男が
壁を抜けて
呼ばれてきた男に
体温計測不能を告げる
新たに再測定するかどうかの判定は
壁を抜けて呼ばれてきた男の判断に委ねられる
今では壁は脆く、誰にでも抜けられるのだが
敢えて抜けようとする者もいない

壁を抜けてきた男は孤独を患い
ここでも体温計を持ちだして
放射線治療の是非を議論している横を
足早に通り過ぎて
窓の外に投げ捨てる
ガラスが粉々になり
水銀だけが取り残されて玉になり蹲り
呼ばれてきた男はここでも仕事を失い
虚ろな顔して歩きだす
今度だけは方角を違えずに
方位磁石を携えて
風に逆らい雨の降る日は傘を広げ
ゆっくりと彷徨った











自由詩 呼ばれてきた男 Copyright あおば 2008-05-09 08:11:27
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