雪江さん
いとう



母方の祖母の雪江さんは
70歳くらいでガンで死んで
お通夜の次の日に突然生き返った

その時なぜか僕1人しかいなくて
雪江さんは自分の死化粧を見て
「えらい別嬪さんやなぁ」となぜか関西弁を喋った

なんか鼻に栓があって喋りづらいわ
私死んでもうたのか?
うん
でもこげん(こんなに)ピンピンしとるでぇ
なんでやろ?(僕にも関西弁が移った)
なんぞ思い残したことでもおうたんかいな?
さぁ?
ま、ええわ。えろう吃驚させてすんまへんな。自分
生き返ったのはしゃあないわ。みんなに知らせとこか?
アカンアカン。その前に○○旅館行かせてえな
自分、生き返ったそうそうソレかい

生前の彼女がこんなに活発だったかどうか
ほとんど会ったこともなかった僕はよく知らない
記憶の中では
とても清楚で無口だったように思う
「○○旅館」は近所にある大きな高級温泉旅館で
歩いて10分程度
彼女がなぜここに行きたがったのかは
道すがらに教えてくれた

なんやこの辺もえろう変わったなぁ
自分の近所やないか。何言うとんねん
私、家からあんま出かけへんかったから
なら旅館も初めてかい
何言うとんねん。あそこは私の実家や。縁切れとるけどな
おじいさんとは幼なじみでな、大恋愛やったんよ
でもな、うちは老舗の旅館の娘やろ
格が合わん言うて祝言に反対されたんや
でもうちはおじいさんと結ばれたかったから
「なら縁を切ってください。切ってくれなければこの場で死にます」
そう言うてしぶしぶ承知してもらったのよ
だから旅館には全然近づかなかったけれど
まだ許してもらえないかなぁ
もう死んだのになぁ
なんかドキドキしてきた
もう死んでるのになぁ

彼女の言葉が共通語に戻っているのが
悪い予兆のようで
旅館の入り口で
「ここでしょ?」とぶっきらぼうに
すると
「許してくれるかなぁ」と聞こえた直後
“バシャーッ”とバケツをひっくり返したような音がして
振り返ると雪江さんは
トロトロに融けていた
いきなり体が崩壊して
そこにはトロトロの水たまりができていた

耳の奥がチリチリと
とても熱い
水たまりを掻き集めて
「もう少しだから。もう少しで帰れるから」
雪江さんは融けてしまってもまだ
「許してくれるかなぁ」とつぶやいている
僕は泣きながら旅館に駆け込んで
雪江さんでトロトロになった服のまま駆け込んで
そして当然のごとく追い出されてしまったけれど
彼女の魂はそこにある
彼女の魂は帰ることができた
たぶん許してもらっている
そうじゃないと
そう思わないと
彼女が浮かばれないじゃないか


泣きながら雪江さんの家に帰ると
死体がなくなったと大騒ぎになっていた
みんなで
出棺をどうしようかと
話し合っていた








未詩・独白 雪江さん Copyright いとう 2004-07-02 16:31:51
notebook Home 戻る