明日香の旅路
服部 剛
新年最初の「詩友への手紙」である。今年一年をどの
ような年にするかを思う時、この手紙を書くことに深い
意味を感じながら、今から私の胸に秘めた思いを綴ろう
と思う。私は本来、弱く醜い一人の人間である。だが、
自らの弱さを抱えながら、年末年始を京都・奈良・比叡
山への旅の時間で過ごし、数えきれない神仏の像が並ぶ
京都の三十三間堂・滋賀の義仲寺に眠る松尾芭蕉の墓前
・青い瓦屋根の上に立つ十字架に呼ばれたカトリック大
津教会内の聖堂・年越しの瞬間を過ごした比叡山・延暦
寺・聖徳太子生誕の地である明日香村の橘寺等の聖地で、
自らの弱さの全てを曝け出すような思いで両手を合わせ
ると、新たに迎える平成二十年という年を生きる恵みの
光が、胸の奥に泉のように湧いて来るのを感じた。
橘寺の堂内の奥に座る聖徳太子の像に手を合わると、
太子像の前に置かれた丸い金の鏡に、旅人である私の
姿が影のように映った。今年に賭ける思いを祈り、瞳
を開けた後、堂内の賽銭箱横の燭台に火を灯した私は
腰を下ろして坐ると、堂内の両脇には日蓮上人・円光
・一遍上人等・・・日本を代表する先人の像が並び、
左右の柱に一つずつの掛け軸が見えた。
「 和を以って貴しと成す 」
「 一隅を照らす者は国宝也 」
この二つの言葉を胸に納め、私は橘寺を後にした。
日本の遥かな歴史を遡る「大和ノ国」の風が吹く山郷
の旅路を歩き続けると、千三百年以上前の奈良時代と
変わらぬ空に、雀等の群は小さい翼を広げながら旋回
し、私が歩む道先の柿林の枝々に舞い降りた無数の雀
等は、自らが音符の黒点となり、生きる喜びそのもの
を唄い、宇宙の合唱を一つに束ねて天に還していた。
その情景を通り過ぎる私は、「日頃働く老人ホームに
いるお年寄りと職員や、自分が主宰する詩の夜の集い
が、それぞれに自分らしく生きる喜びそのものを奏で
るような「天の望む場」をかけがえのない人々と共に
つくりたい・・・」という一つの想いが、橘寺の蝋燭
の火のように、胸の奥に灯るのを感じた。緩やかに曲
りくねる山間の坂道を歩きながら空を見上げると、雲
間から大和ノ国の太陽が御顔を出し、田の水鏡に映る
陽は虹色に輝き、古の郷は新年の光に照らし出された。
私は異国の詩人・ゲーテの遺言を胸に呟いた。
( もっと光を・・・! )
すでに4日間歩き続け、疲れていた心身の内に、更
なる力が湧いて来た。
( この道の向こうに、職場の仲間とお年寄りや、
かけがえのない詩友達が待っている・・・ )
唯一つの炎を胸の奥に燃やしながら、私は山郷の道
を何処までも歩き続けた。