アンテ


                        15 嘘 (終)

結局
あたしとまゆこさんがいた場所は
なんだったのだろう
夢ではなかった
ことだけは
確かだ

ただいま
鍵は穴のなかにしっかりと収まって
かちっ
と確かに音をたてた
靴をそろえてあがり
廊下をたどり
リビングを覗き見る
記憶のままのソファ
が窓ぎわにあって
髪の黒い女性
が膝に手をそえて座っている
振り返ると
成美さんが手をひらひら振った
湿った匂いも
艶を失ったテーブルも
まるで同じで
自然に足を踏み出せた
ほらぁ
まゆこさんまた閉じこもってる
カーテンを開けると
見慣れた柿の木が葉を揺らしている
良くなったのね
声がして振り返ると
まゆこさんが
じっとあたしを見ていた
はい
大丈夫です
左手首に巻いた包帯を
わざと大きく振り回して
まゆこさんの横に座ると
クッションの上でおしりが跳ねた

誰かにかまってほしかった
わけじゃない
充足感
のためでもない
なにかをするよりも
言葉で過去を作ってしまう方が
失敗も落胆もない
たぶん
最初のうちは
できないことだけ
作り話で補っていたのだろう
自分でなにかをするより
記憶を作る方が
手軽で
騙すつもりはなく
傷つけるためでもなかった
だから
みんなが怒る理由が
わからなくて
あたしのことが嫌いなんだと
思っていた

嘘をついている自覚
すらなかった

観覧車役を
まゆこさんに押し付けたかったわけじゃない
少女役に
なりたかったわけじゃない
それでも
スケッチブックのページを閉じて
まゆこさんがほほえんで
これはあなたのものよ
手渡してくれた瞬間
肩から力が抜けた

謝らなくては
たくさんの人に
自分がしたことを
きっと
簡単には受け入れてもらえない
ことくらいわかっている
嫌な気持ちにさせるくらいなら
あたし一人が
我慢すればいい
でも

押入れの瓶は
すぐに見つかった
いっぱいつまったネジで
ずっしりと重くて
しっかり抱きかかえていなければ
落としてしまいそうになる
まゆこさんを催促して
庭に出る
物置でスコップを見つけて
柿の木の前の土に
穴を掘る
乾いた土を掻き出して
十分深くなったところに
瓶を納める
カチン 音がする
手で土を埋めもどしていくと
瓶はやがて見えなくなる
こんもり
盛り上がった部分を
手のひらで丁寧に叩いて
おしまいおしまい
どちらともなく
笑う
黒猫の名前
思い出したの
まゆこさんは振り返って
窓辺に立つ成美さんに
小さく手を振った

別々の時間が
始まったのだ

ぐるっと
ひと回りしただけなのかもしれない
月が満ち欠けをくり返すように
最初から決められていた
結末だったのかもしれない
まゆこさんはすこし微笑んだだけで
肯定も否定もしなかった
二人ならんで
洗面所でごしごし手を洗う
髪を切りに行きたい
鉄棒がうまくなりたい

お茶の
いい香りがする
ち・よ・こ・れ・い・と
垣根のむこうを
子供が二人通りすぎていく



                          連詩 観覧車

 これが最後のおはなしです。。。





未詩・独白Copyright アンテ 2007-12-30 00:05:04
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