日記
石原ユキオ
某月某日(土)
句会に出席する。三上先生、毒猿さん、ゆりえさん、ディエゴさん、吉村夫妻。万寿夫さんはウランバートル出張のため欠席。兼題「魂」には皆さん苦吟難吟だったよう。私の「たましいの毛玉に氷柱ゴルゴンゾーラ」は逆選ばかりでマイナス三点に。何故。構造が単純すぎるのか。
遠回りして帰ったら、ホーカン町の八百屋の裏にメガネ屋ができているのを発見。話には聞いていたものの、まさかこんな田舎にメガネの店ができるとは。コンビニまで戻って手数料を惜しみつつお金を引き出し、一匹買ってみる。一番安い飼育セットも。
某月某日(日)
朝起きて、まずメガネの箱を開ける。メガネはセットの布切れにくるまって眠っていた。頭をなでてやるとうっとうしそうに首をふって布の下に隠れてしまった。布を持ち上げるとメガネも一緒に持ち上がった。キュウとも鳴かない。かわいい。布団から出ようとしないのは飼育箱の気温が低すぎるサインです。そのままにしているとカゼをひきます。サーモヒーターで温めてあげましょう。服を着せるのも良い方法です。と、メガネマニアのサイトに書いてあった。明日、会社帰りにメガネ屋でお洋服を探そう。サーモヒーターはネットオークションで買うか。午後からは嘉助とデート。嘉助の新しい人力車に乗せてもらう。ひくほうは暑かろうが、乗る方は寒い。途中から交代。良い運動になった。
某月某日(火)
昨日メガネに服を着せてみたらなんとも良く似合うのでいじり倒してついつい夜更かし。日記も書かず、電源が切れるように寝てしまった。
タンクトップ、ボクサーブリーフ、ロンT、セーター、ジーンズ、ソックス。小さいのでものすごく着せにくかった。サーモヒーターがない分、部屋を温かくして布団からはがし、着せた。寒い思いさえさせなければたいがいの事は嫌がらないようだ。
以前はペットに服を着せて悦に入る飼い主の自己満足を軽べつしていたものだけれど、こうしてペットを飼ってみるとその気持ちがよくわかる。っていうか、そもそもメガネは着せ替え遊び用に作られたようなものだから、べつに恥ずかしいことではないのだ。
某月某日(水)
事務所に本社から監査。社員さんたちにはメープルシロップの保存方法について指導があったようだ。お茶をいれて持っていったときにチラッと見えた。本社の人、ストッキングみたいなオヤジソックスを履いていた。それもラインストーン付き。むしろショート丈のストッキングか。しかしスーツのズボンがホットパンツ状なのは如何なものかと思う。
仕事帰りに駅で小桃ちゃんと会った。羽根につやがない。心配だ。
某月某日(金)
昼休みに嘉助から矢文が届く。矢文なんて中学以来。嘉助もたまにはロマンチックなことをする。「ぬばたまの黒豆ごはんボナペティ 嘉助」との事。いつのまに俳句のスキルを身につけたのか。あなどれぬ。
嘉助の家で黒豆ごはんをごちそうになってそのまま泊まる。つもりが、メガネのことを思い出して家へ帰った。
某月某日(土)
昨夜からメガネに元気がない。箱の隅でひざをかかえて座っている。ネットで検索していて、餌をやっていなかったことに気づく。いきなりたくさん食べさせるのは危険だそうなので、少しずつ、無印良品の6番のCDから聞かせ始めて、under world・武満徹・テイトウワ・駅前旅館・ガレージシャンソンショーなども与えてみる。電子音はよく食べる。母の書斎から姫神を借りてきて与えたところ、これはひどく嫌がった。
姫神や紅葉鍋噴出する郵便受けの強姦
奈良三山眠らせ後ろ髪引くテイトウワ
某月某日(日)
小桃ちゃんから矢文。(最近はやってるのか?)メガネを買ったので見に来ないかと言う。メガネなら私も飼っている、と電話で返事をする。今度互いのメガネを遊ばせてみようという話になる。
今日のメガネはよく遊んでいる。リカちゃん人形に蹴りを入れる遊びだ。さしずめデートDVごっこ。ひげが伸びたので、専用のかみそりで剃る。つるんとすると幼く見える。化粧水と乳液をつけてやると、アルコール成分に酔ってますますリカちゃんを蹴っとばすのだった。かわいい。
某月某日(火)
メガネに新しい服を買う。ハイネックのセーター。着せてみると、
某月某日(水)
昨日は日記を書きながら寝てしまった。布団にインクの染みが広がって新婚初夜のよう。そういえば最近まぐわいらしいまぐわいを行っていない。
メガネがジーンズを脱ぎ捨て、ボクサーブリーフの中に手を入れてもじもじしている。メガネが私と同じぐらいの大きさだったら犯せるなあと一瞬思った。
某月某日(木)
毎日音楽を与えてみたところ、舞踏を排泄するようになった。エネルギー源は音楽、カスは舞踏。臭わない、掃除の手間がかからない理想のペットだなんて、なんてご都合主義な。薔薇から精気を貰う吸血鬼の一族もいいとこ。リアリティの無いことこの上ない。
ところで今日初めて係長のネクタイが自立するのを見た。貴重な体験。
某月某日(金)
句会報が届く。頁数が増えて豪華になった。
道端の易者に骨盤の歪みを指摘された。母も若い頃は庭師やポルノ映画のスカウトマンに骨盤の歪みを指摘されることが多かったと言う。家系か。
つぬするす雪どぬすてんるるポルノ
某月某日(土)
午前五時起床。まだ眠っているメガネをブラジャーのすき間に入れて、前開きの服を着て、コートをはおる。六時半のバスで小桃ちゃんの家へ。小桃ちゃん、やや血色が良い。門扉が紙製になっている。メンテナンス大変でしょ? って聞いたらママが株でひとやま当てたから平気とのこと。家の中は前と同じだった。玄関に生えているおじいちゃんに挨拶をしたら酢こんぶをくれた。小桃ちゃんはおじいちゃんを恥ずかしがるが、私は羨ましい。うちはおばあちゃんばかり三人だもの。
小桃ちゃんは鴨居を器用によけながら家の奥へ案内してくれる。小桃ちゃんの部屋へ近づいたら突然メガネが動き出して、胸からもぞもぞはい出てきて、私の身体をすべり降りて、走って行った。逃げた! と思って追いかけたら、メガネは小桃ちゃんのメガネの飼育箱に飛びこんでいった。小桃ちゃんのメガネは私のより耳たぶ一枚分小さい。疲れたので続きは明日。
某月某日(月)
昨夜は嘉助の家に泊まった。嘉助の人力車(古いほう)で会社に送ってもらった。社員さんたちには見つからなかったけど、守衛さんにひやかされた。嘉助はそのまま営業。
昼休み、小桃ちゃんのママがくれた株主優待のチケットがあったので、ほとけ弁当へ。牡蠣のシュルレアリスト風を買う。美味。ほけ弁くんキャンディをもらった。
某月某日(火)
夕方、三上先生から電話。矢文を飛ばしたので読んでください、と。なんか最近矢文が多い。矢文は二階の窓の下に刺さっていた。広げるとA3サイズ。太字の万年筆で大きくLOVE・9と書いてある。暗号か。
メガネの様子がおかしい。箱のすみでひざを抱えていることが多い。あまり排泄しない。音楽を聞かせようとしたら耳をふさいでしまう。飼育箱の下に人間用の電気ざぶとんを敷く。温めても元気がない。
某月某日(水)
メガネ屋からDMが届く。英国風の背広が入荷したとのこと。うっかり一着注文してしまう。
小桃ちゃんからメガネが体調を崩しているとメールあり。小桃ちゃんのメガネは踊り狂っているらしい。メガネマニア言うところの「下痢」。うちのは「便秘」なのだと返信。
やたら冷えるので鍋を出す。なかなか温もらない。温もったら熱すぎる。これで寝たら低温火傷だ。そろそろ新調せねば。
コンシリエーリを解雇せしめよ甲状腺が火事
冬銀河赤乳首青乳首陥没乳首
某月某日(木)
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BoB vol.2 掲載