アンテ


                        14 絵

なぜ
観覧車が少女のために
あれほど傷つき
苦しむのか
わからなかった
今でも
本当に理解できている自信
はない
それでも
観覧車が少女を死なせることなく
地上へ送りとどけた覚悟
くらいは
あたしにだってわかる

一人で歩けるようになるまで
五日かかった
お医者さんに叱られるまでもなく
退院までの道は険しい
それでも
全身の力を放棄した代償
くらいは
あたしが嘘で台無しにした人間関係
の無惨な姿には遠くおよばない
親は逢いにすら来てくれないし
連絡を取る知り合いも
一人もいない
成美さんは花びんに花を生けながら
でもまあ
命は失わずにすんだじゃない
と笑った
あたしも
そうねえと
心から笑えた

観覧車の童話
のことを話すと
成美さんはきょとんとして
おかあさんらしいと笑った
そんな童話は出版されていないらしい
催促されて
一行ずつ思い出して
話すのを
書きとめている横顔は
たしかにまゆこさんの娘だ
初対面なのに
古い知り合いのように向き合える
のが不思議に感じない
まゆこさんの代わりに
アパートにたどり着き
意識を失っていたあたしを発見して
救急車を呼んでくれた
時のことを
詳しく話してくれながら
時々黙り込んで
成美さんは涙をぬぐった

警察の事情聴取や
病院の書類作り
保険や費用のこと
が片付くと
なにもすることがなくなった
さあて
成美さんが持ってきたのは
スケッチブックと色えんぴつ
絵は見た人にしか描けないもんね
悲鳴をあげると
ぴしゃっと手をたたかれた
命の恩人の言うことは
おとなしく聞くものよ
成美さんはすまして
みかんをおいしそうに食べた

一度だけ
観覧車の夢を見た
箱に乗り込むと
ゆっくりとのぼっていって
ゆっくりと下りていった
地上に降り立つと
土のにおいがした
思ったより観覧車は小さく
鳥が上空を舞っていた
もう一度乗ろうとすると
一日一回だよ
係員に止められた
目がくりっとした男の子だった
それきっと
ツキくんよ
成美さんは自信ありげにうなずいた
本当におとうさんなの
聞くのを躊躇っていると
そのうち本人に逢えるわ
といなされた

退院の日
ようやく完成した手作り童話は
泣きたくなるくらい幼稚な絵
だったけれど
うれしい
と正直に言えた
お医者さんと看護婦さんにお礼を言って
病院を後にして
近くのバス停で
ちょうど来たバスに乗る
ねえ 成美さん
あたしから話しかけたのは
はじめてかもしれない
ドロップの缶
宝物でしょう
成美さんはうなずいて
見覚えのある缶をバッグから出して
手渡してくれた
振ると
確かな手ごたえがする
黒猫の名前
と言いかけた言葉を呑み込む
窓枠のねじが
一本欠けている

「いやねえ、思い出し笑いって」

スケッチブックの入ったかばんを
しっかりと抱きしめる
景色が流れていく



                          連詩 観覧車




未詩・独白Copyright アンテ 2007-12-27 00:43:39
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