祝詞、君の
鴫澤初音

  君と待ち合わせた路面電車の駅の出口、
  電信柱に凭れて煙草を吸っていた。自分のかいたものを読みながら
  なんてつまらないんだろうって思いながら。

  見上げると乾いた冬の青い空で、水銀灯の高さからもっと上、
  鳥が羽を広げて飛んでいた。眼を瞬く間に鳥は遠くへ飛び、
  残された雲が動いていた。風はまだ少ししか吹いていなくて、
  耳に着けたヘッドホンを落として、君からの着信をとった。

  「ごめん少し遅れる」
  「いいよ 別に」

  こうしたことに慣れた関係が続いて ずっと
  君の眼の下にできた痣や疲れた息が悲しみの雫を落としていく。
  それでもまだ君が返事をくれることにさえ、感謝して
  手が離れずに繋がったままでいることがどれほど、
  どれほどこの気持ちを生きていかせるのかわからないまま、
  歩いていく、空の下を、胸を締め付けてなお、私、私は。

  ようやく君の足音が聞えたときにはもう時刻はだいぶんたっていた。
  君は何も言わずに横にきて、少し微笑んだ。
  傷が目立たないくらいにまで回復していることを知る。
  
  「ねぇ、」

  君は言う。私は君を抱き締めたいと思う。君に抱き締められたいと
  思う、こと。君を見て思うのはいつも、無声映画みたいだなぁ、て
  こと。言葉がない私たちは声がなくても互いにもたれあって、
  微笑んでいた。もうわかりあうことを放棄して、わかりあうことが
  私たちを幸せにするわけでもないことを知っているから――だから
  色んなことが流れていく中で駄目なら駄目でいいかって
  私たちは既にわかっていた、わかっていたと、思う。
  
  「そういや、またあそこに行くの」
  「うんそのつもりだけど、どうする?他に行きたいとこある」

  同じ、同じところ、なんて、笑って結局私たちは同じ道を行く。
  振り返ると、流れた煙が眼に入ってすこし染みた。
  空が青かった。私は君の腕もとらずに少し離れた距離を
  並んで歩くことに決めた、あのときからずっと辿ってきた、
  道を。



未詩・独白 祝詞、君の Copyright 鴫澤初音 2007-12-26 01:55:24
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