沈黙の内側、ダイヤグラムは途切れたものばかりで体裁を整えている(2)
ホロウ・シカエルボク
イメージ…イマジネイション。想像力。こういう感覚を腐敗とリンクさせるのはたいていの場合とても困難なことだ。ある種の想像をここで働かせようとすると必ずその流れを妨げるものがある―腐臭というやつだ。生物が腐るときの臭いを嗅いだことがあるだろう?それの何倍も酷い―呼吸器官のすべての接続をいったん外してパーツごとに綿密な洗浄を施したくなる―そんな臭いだ。しかも、その臭いは強情にいつまでも胸の中にしがみつく。現象としてはとっくに過去のフィールドの中に行ってしまっているのに、まるでいまでも何かがそこで腐り続けているんだと言わんばかりに胸の中にしがみついて離れようとしない。おい、お前。俺はそうして離れないでいる腐臭に話しかける―「お前いつまでそこにそうしているつもりなんだ?」腐臭は答えない。なにやら秘めているものがあるといった様子で、暗い色の目で俺のことを睨みつけている。「理由の無いやつなんていないさ。」仕方なく俺は話を先へ進める。理由の無いやつなんていない。何か一物持っているからいつまでも俺の胸の中にしがみついているんだろう?
理由も聞かずに追い出したりすることなんかないよ、お前はきっと俺の中から産まれてきたようなものなんだ…何かが腐ることで―何かが腐ることで俺の内側に芽を出したものが、そんなお前を創り出してしまったんだろう―俺が腐敗を飲み込んだことでお前が産まれた、そうだろう?自分のうちに潜むそういったものの感覚はある程度理解しているつもりさ―いや、何もかもというわけじゃない、そんな目をするなよ。そうじゃなくて、俺は自分の中に、お前のようなものが産まれてくるかもしれないという予感はずっと持っていたに違いないのさ―俺が言いたいのはそういうことだ。お前がそこから産まれてくる、という確信では無いんだ。現にいま俺は、お前を目の前にしてこの先どうすればいいのか考えあぐねている―なあ、お前はどうして産まれてきたんだ?俺が腐敗を取り込むことによって、どうしてお前が作りあげられたのか…お前は俺と腐敗の間に培われた子供のようなものなのか?そいつは黙っている。そいつは黙っている―押し黙ったまま俺に冷えた視線を向け続けている。俺は腹を決める。どちらにしてもこいつをこのままにしておくわけには―俺の中のイマジネーションは死に絶えてしまう。
俺は少しの間沈黙してそいつの目をじっと見返してみた。
言葉が無いから話せないわけじゃない。そこにはそんな言葉があるような気がした。そんな言葉を話していた。言葉がありすぎて話せないのかもしれない。やつの脳内ではいま、暑い季節の終わりを告げる赤蜻蛉のように様々な言葉が飛び交い、そのせいでどいつを捕まえればいいのか判らなくなっているのかもしれない。あるいはそれが、それらすべてが言葉になる前の生々しい熱を持った感情の種なのかも。
それがどんなものにせよ、やつがそういったものを口ほどに映し出す目を持っていてよかったと思った。そうして我知らず表に晒してしまうあたり、間違いなくこいつは俺から産まれてきたものなのだろう―見なくてもいいものばかりをつぶさに見てしまう目。それに抗うかのような奇妙な正直さを持ってしまう―格好の的になることは請け合いのふたつの目だ。
「お前が…」
しばらくの間俺たちは無言で互いの(おそらくはよく似ているのだろう)目の中を覗き込んでいたが、そんな時間のあとで心変わりでもしたかのようにやつは話し始めた。が、そんな自分を認めるのが嫌だという風にすぐに口をつぐんでしまった。
この文書は以下の文書グループに登録されています。
沈黙の内側、ダイヤグラムは途切れたものばかりで体裁を整えている