停車場
佐々宝砂

(1)

高校生のとき、
まだJRが国鉄だった時代、
三十日間三十万円日本一周鉄道の旅を計画した。
青春18切符があれば、不可能事ではなかった、
東京を通過しないとどこにも行けない関東圏、
とりわけ千葉と埼玉あたりの時間割に苦労したが、
またどうしても沖縄と北海道だけは、
鉄道を使わないで行かねばならなかったが、
計画はできた。計画作りは楽しかった。
三十日間の休みはあった、
両親はそうした冒険を許すタイプだった、
だが三十万円の金がなかった、
だから出発しなかった。
計画のまま終わった三十日間三十万円日本一周鉄道の旅に、
いまもときおり出かけたくなる、
いまなら三十万円の金くらいなんとかなる、
しかしいま日本の鉄道は、
かつてのように日本全国を網羅してはいない。
それでも信じている、いや知っている、
いまも日本のどこかの廃駅で、
分厚い方の時刻表片手に、
どこかで見たような高校生が、
幻の電車の出発を待っている。


(2)

黒服ばかりだ。喪服なのだ。
でもここは葬式会場でも何回忌だかの席でもない。
高速バスの始発バス停。
東京発長崎行きの深夜長距離バスの。
喪服集団のなか一人ジーンズにTシャツで、
大きなリュックを背負って、
リュックにはコッヘルとテントをつけて、
いつもの迷彩色アーミーハットを被っているから、
ちょっと場違いな心持ちで、
ちょっと不安だ。
喪服集団は急いでいる。顔にそう書いてある。
みな一様に、当たり前だが明るくない。
飛行機よりも新幹線よりも、
高速バスこそが目的地に早く着くことがある、
だからこそ何かの不幸に急いでバスに乗る、
そんな人たちがいるのだ。
もっともこっちはちっとも急いでいない、
それがなんだかさみしくて、
急いでいるふりをしてみるがうまくいかない。
喪服の人が一人、
煙草を吸っていいですかと訊ねてくる、
どうぞ、私も吸いますから、と、
アーミーハットに手をかけ会釈し微笑して、
ほんのすこしだけ、
喪服集団に馴染んだ気分になって、
彼等と同じバスの出発を待っている。


(3)

もうすぐ貨物列車が到着する時間だ。
ここは煙草工場の工場内貨物駅。
貨物駅だって駅は駅で、
駅らしくプラットフォームもある、
なくっちゃ困る。
ちいさなころいちばん近い駅が貨物駅で、
貨物列車の車両をひとつふたつと数えた、
遠くからくる貨物車両には、
雪が積もっていたりした。
キハ、トラ、トム、そんな呪文のような略号の意味を、
当時の私は知らなかったし今も知らない。
ベルが鳴る。
列車が到着する。
荷物がおろされリフトで運ばれる。
今度はすでに準備してあった荷が積み込まれる。
ハングル文字で、
たぶん「健康のため吸い過ぎにご注意下さい」と
書かれてるのだと思うマイルドセブンのカートン、
パレットにいくつあるのだろう、
魔法のように車両に吸いこまれてゆく。
いま現場ラインは休み時間中だから、
のんきに煙草を吸いながらそれをみている。
貨物駅のプラットフォームで休憩するのが好きだ。
ベルが鳴る。
貨物列車が出発してゆく、
出発してゆく、
私をここに残したままで。


自由詩 停車場 Copyright 佐々宝砂 2004-06-16 15:05:40
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