冴えたやり方
麻生ゆり
その日、我々は日がな鳴りっぱなしの電話の応対で仕事どころではなかった。
「本当に痩せるんですか?」
「体に害がないなんてことないんじゃないですか?」
「すぐにでも欲しいです! 早く販売にこじつけてください」
皆が皆同じことを言うものだから、いい加減うんざりしてしまう。
そもそも、こんな問い合わせが殺到したのも、我々の研究所が「ダイエットウイルス」と通称されるウイルスの開発に成功し、そしてそれを世界に公表したからである。
ダイエットウイルスは、脂肪細胞(正確には脂肪を蓄える白色脂肪細胞)を侵食してその働きを阻害してしまう。つまり体についた脂肪をどんどん減らすことができ、なおかつ過食による余分なエネルギーをそのまま排出することができるのである。
我々はこのウイルスとともにワクチンをも開発した。豊かな食生活が健康を損なうようになったこの時代、ダイエットウイルスは必ずや人類を救ってくれるに違いなかった。
こうして、ダイエットウイルスは全世界に広まった。
ウイルスを販売しだした当初は、感染の広がりすぎを恐れる声も多少ならずあったものだが、それを上回る購買層がまったく耳を貸さなかったため、我々も強気に出ることができた。そもそも、感染してもワクチンを投与さえすればいいだけの話で、我々はそのような苦情に対しては、惜しみなく無料で治療をほどこしたのだった。
第一に、ダイエットウイルスは体液感染である。飛沫感染や空気感染と違って、そう簡単にうつるものではない。感染者はだいたいにおいて自分が感染していることを知っているのだから、気をつけさえすればそれ以上広がることを容易に防げる。そもそも、ダイエットウイルスがうつされることを嫌がる人間というのは、まずめったなことではいなかった。
皆が一様に、好きなものを好きなだけ食べたいという欲望に忠実であるように見えた。
「オマエ知ってるか? 発展途上国でもあのウイルスが広まってきてるってよ」
あれから1年ほどすぎたある日、私の同僚がそう話しかけできた。
「なんでまた? 飢えた国には必要ないものじゃないか」
「外からもちこんだバカがいたってことだろ? かの国ではワクチンを買う金すらないっていうから、エイズんときと同じで、性感染でどんどん増えてるってさ」
「タダでワクチンをくれてやりゃあいいじゃないか」
「…上層部がしぶってるらしい」
「なんでまた?」
「さあ。お偉方の考えることなんぞ、俺ら下っぱにゃあ理解できないよ。ただな…」
同僚は私のすぐ側まで寄ってきて、声をひそめて語りだした。
「もともと、あのウイルスはダイエットなんてかわいい目的で開発されたものじゃないらしい。どうして政府からあれだけの開発資金が援助されたと思う? 目当ては太りすぎたブタどもじゃなくて、あっちの国々だったらしいんだよ」
全ては、私たちのあずかり知らぬところで動いていた。