私が死んでしまったので
若原光彦

私が泣いている
私が死んでしまったので
あんなに手塩にかけて育ててやったのに
小さな頃はあんなに可愛かったのに
どうしてこうもあっけない
未来がぱちんとはじけてしまう
私のいないこれからを
私はどうして過ごしてゆけばいい
だからといって泣く必要はない
私はなぜ泣いている
わからないまま
わからないから泣いている
泣けば誰かが助けてくれるものとでも思って
私が泣いている
私が死んでしまったので
あんなに頼もしかったのに優しかったのに
形あるものはいつか滅びる
いつかはいつでも訪れる
こうなることはわかっていたのに
わかっていてなぜ泣いている
もう誰も私を守ってくれないからか
これで孤独になってしまったからか
私が私のように振舞えないからか
わからないまま
わからないから泣いている
泣けば私も死んでしまうとでも思って
私が泣いている
私が死んでしまったので
私はなんて愚かなのだろうと
私も私も私もみんな偉大だったのに
みんなみんな先立ってしまって
私だけが気拙く生きさらばえて
もう私は私を慈しまないだろう
もう私を尊敬しないだろう
私は私に優しくしないだろう
私を認めないだろう
屑のように扱うだろう
心配しないだろう
私は冒涜されるだろう
私は搾取するだろう
どうして私だけが生き残っているのだろう
わからないまま
わからないから泣いている
巧く泣けば私たちがみんな帰ってくる気がして
私が泣いている
私が死んでしまったので
生き残った私はどんどん泣き方が巧くなる
悲しみ上手になっていく
そして悟っていく
なんて私は死に易かったんだろうと
私も私も死にたかったのかと
やはり私は愚かだった
私たちは愚か者だ
だからといって泣くことはない
笑ってもよかった
盛り上がってもよかった
面白がってもよかった
ふざけていることにすればよかった
なのにこうして泣き続けている
わからないまま
わからないから泣いている
愉快な私がみんな消えて
もう私には泣くことしかできないのか
私が泣いている
ついに私も死んでしまったので
私のそばで私が泣いている
いつまでもぐずぐずしている
私は私に泣くなとは言えない
何をしろとも言えない
するなとも言えない
私は私に何もして欲しくない
私はもう何も望まない
私はいつまでも泣いている
このままでは私も死んでしまうなと思う
私は私もやはり私なのかと思う
私もやはり私だったのかと思う
私の気配がふっと消える
私はどこへ行ってしまったのか
私にはわからない
わからないまま
わからないから泣いている
私はいったい誰なのだろうと呆然として
私が泣いている
私が死んでしまったので
これから私は私にならなければならない
私にならなくてはいけない
私の残していった名で呼ばれて
私の使っていた姿をして
その負債を知って
どうして私に全てが託されたのだろうと思う
私は私を選んだのだろうと思う
私は虚空に呼びかける
おおい生きている私がいたら返事をしてくれ
私はここにいるぞ誰もいないのかと叫ぶ
部屋の中はがらんとしている
どの方向からの返事もない


自由詩 私が死んでしまったので Copyright 若原光彦 2007-12-09 02:55:08縦
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