紫雲
久遠薫子



すこしの未来から
この腕の中へ
孕みきれずに通り抜ける風
逡巡の末に口をついた言葉は
よるべなく
冷えた石畳へ滲み込んでいく
たった十五センチの命


声が 風にのるのは
あとすこし
空気が澄んでからのこと
知らぬ間にしなやかに射抜かれた
僅かな胸の血で木の葉は紅く染まり
一枚ずつ色づいて
それもまた
ひらひら、と風に舞う
そのいさぎよさが欲しい


ふたりになる
ことで
いつしか色彩を帯びはじめた孤独
一秒とて同じ色はない
日暮れの空の低いところに
飲み込んだため息のような
うすい半月が
放たれて


はるか遠く あるいは近く
紫にたゆたう雲
その下に降る雨は
永らえた なけなしの冷静に似て
視界の隅に 執拗に馴れ親しみ
見送りつづけてきた時間の発露


とても静かな
とどまる景色のはずれで
濃縮されたしずくが滴り落ちる

草木の、アスファルトの、灯りの、その気配の、



燃え残る夕日に透けた
ちぎれた胸の
今はない輪郭を見ている
流れてしまった半身のわたし
浮かび上がるもう片方の影が
いずれ降りつもる宵闇にとけて
思うだけは自在でいさせて、と
ただそれだけを
口にする間さえもたないとしても






自由詩 紫雲 Copyright 久遠薫子 2007-11-18 15:51:05
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