彼岸の雪
フユキヱリカ

おとなはみんなこまった
あるいは
憐れむ目をしている

幼さは無垢である
無垢は無罪ではない
うつくしいことばを
どれだけならべても
乾燥しきった
血色のない唇から
つたう おとの
何もひびかぬは
どうしてなのか
と、
たずねるしか知らなかった
わたしは
ゆうに母の歳を越えた

東京生まれの姪は
にごりのない
きれいなことばをはなし
お遊戯するように
おばあさまはおはかに

屈託なく言う
そのひとみごしに
生いを重ねあわせ
なぜか
わたしは訛りを隠した



屋根から滴る雨粒が
芽を伸ばした
さんさじの木におちて
冬を越していく

昨晩降ったみぞれは
明け方には止むだろう
あなたのなみだが、
そらへ昇ったのだと気付く
彼岸の雪に
わたしは、
わたしをおわらせる
の、だろうか
と問う

俺の目の黒いうちは
この家は壊させないと
言う父と共に
家に縛られ家で果てる運命を
ひどく恨んだ



かわいた咳の音で目を覚ます
閉じた襖の向こうで
昔の家はさむいだろう
さ、火燵に入れと
父の声がした

窓をあければ
ゆるゆると
乳白の太陽が昇り 
真冬の朝が
一番きれいだと
思ったのは本当で
それは
あなたが産まれた朝だからなのか
緩んだ陽射しは あなたのやさしさ
その時わたしは
はじめてゆるされた



おはよう、ねぼすけさん
戸の間から覗くちいさな顔に
おいで、と言う
わたしは姪に
カーディガンを着せた
気が付けば
ひとり火燵で新聞を広げる
厳格である
父の背もすっかりまるくなって


真っ白な庭をみて
三月なのにすごいね
東京の雪は灰色しかないのと
目をくりくりさせる

ねえさま、頬が赤いよと
凍えたわたしの顔を包む手に
北国の子どもは
生まれたときから
みんな真っ赤だとうそぶくと
それ、ほんとう?
と姪は嬉しそうにわらう

知っていた
それに良く似た
わたしを見つめ、
困ったようにわらう瞳を


そしてわたしは
わたしをかたる
ゆるされて、はじめて
鼻先を赤くしたまま
祈りを捧げた



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自由詩 彼岸の雪 Copyright フユキヱリカ 2007-10-27 03:01:15
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