純白恋夢
愛心







これは僕の夢。はかない恋夢。

昔僕は、背中に白い翼を持っていて、結ばれるはずのない姫君に、純粋な想いを抱いていた。

今、姫君がいるのは、僕がいた、鳥籠。
座り込む姫君の藍色の髪が、同じ色をした、くっきりとした瞳と共に揺れる。
霧の色をした肌に、薄桃色の唇がよく映えた。

僕は扉をあけ、彼女の、揺れる瞳の中で微笑む。

三日月形にゆがむ唇。漆黒の瞳が姫君を捕らえる。
色素の無い肌と、短い髪がきらきらと光に照らされた。

『一緒に行きませんか?』

白いシャツからのびる、僕の白い腕。
同じ色のズボンからは、黄色がかかった足がのぞいていた。

何も言わず、ゆっくり斜め下をむいていく、彼女の、虚ろな眼。
前はこうじゃなかったのに。


時は、この前の、満月の晩にまでさかのぼる。
その時僕は、姫が飼っている、純白の羽を持つ、小さな鳥だった。
彼女はお父上の命令なのか、自分の部屋からほとんど出なかった。
そして僕を、無邪気な子供の様に、綺麗な細い指の上にとまらせたりした。
思えば、姫君にとって、僕は唯一の友人だったんだろう。
姫君は、可愛らしい声で、たまに僕に話しかけた。
内容はいつも同じだったけれど。

「お前は幸せね。私が空へ放てば、お前はどこまでも行けるものね」

悲しそうに笑い、何度も、空に放つ。
でも僕は嫌だった。彼女を置いて、自由になんかなりなくなかった。
くるりと戻って来て、彼女が流した涙を飲み込む。
僕が出来る、唯一の慰め方。

「ありがとう…」

姫の涙は、僕の羽をじわりと濡らす。いつもそうだ。
姫君の為に、僕は人間に、翼を持った人間になりたいと、心から思った。
そうすれば、二人で外の世界へ翔んで行ける。

ある日のこと姫君は、夜空に輝く満月に、穴を開けたような指輪を貰った。
隣国の王子からの、求婚のシルシ。

彼女がとても喜んでいるのは、僕の眼から見ても明らかだった。
僕の足の裏から、指輪の冷たい感触がする。
その日から彼女のもとに、いろんなものが届いた。
宝石。織物。恋文。
薄っぺらな恋文に、頬を赤く染めながら読みふける姫君は、とても可愛らしかった。

でも僕の足の裏は痛い。ひりひりする痛みが体を襲う。

何故?
そう問い掛ける。
僕は、貴女だけを愛しているのに。
何故?
こんな、薄っぺらな恋文しか書けない奴に。何故?
僕の方を見てくれない。

何故? 何故?! 何故!!

体が熱い。
内臓が破裂する。
ひりひりが体温を奪う。
そのときだった。
僕の小さな頭蓋骨の中で、いきなり『何か』が弾けた。

『捕らえたい』

この愛しい姫君を、僕と共に鳥籠に閉じ込めてしまいたい。

そんな衝動に駆られる。

僕は姫の、微笑む唇の端に、くちばしをさし入れる。
熱いくちづけのつもりだった。

姫君は手紙を置くと、くすくす笑った。
そして、僕を優しく掌にのせ、鳥籠にその手を入れた。
僕は黙って掌から降りた。手をつつくことも、急に飛び出したりもしなかった。
ただ黙ったまま、姫君の掌から離れた。

かしゃん。

彼女は扉を閉め、少し怒った顔をした。
「もう。くすぐったいでしょう」
そしてうっとりと微笑んだ。
「ふふ。私ね、明日の満月の晩が過ぎたら、隣国の王子、メトル様の花嫁になるの」
姫の頬が赤く染まる。
「私、ここから出られるわ。お前もこの婚約は、素晴らしいと思うでしょう?」
僕はうずくまった。聞きたくない。これほど酷い拷問はない。
姫は続ける。
「あの方はお美しい人でね、どんなこともお出来で、どなたにでもお優しいの」

そして小さなため息。
僕は自分の醜い足を見ていた。
『僕が人間になれたら…な』
醜い足を視界から隠す。自分が惨めになるだけだ。

「ほら、この方よ」
僕は恐る恐る、頭を持ち上げた。姫の甘い匂いが、鼻をくすぐった。
目の前には、美しい青年の絵があった。
赤みがかかった茶色の髪。健康そうな色をした肌。碧の瞳が僕を見つめている。
細いが、がっしりとした体。優しい表情。
美しい輩。嫉妬しか出てこない。
姫君は絵をしまった。
「おやすみ。私の友達」

姫は鳥籠の扉を開けて、にっこりと微笑む。僕は、小さな声で啼いた。

どれくらいたっただろう。僕は眼を覚ました。姫君は小さな寝息をたてている。

やはり、愛しい。

起こさないようこっそり羽ばたき、窓枠に座る。
紺碧の空に、白銀に輝く月が浮かんでいた。
この月が東に沈むとき、彼女が、花嫁になる。

静かに、月に向かって願いをかけた。
「僕を…人間にして下さい…。翼を残した人間に…」

涙がくちばしをつたい、窓枠に落ちる。その時だ。

《人間にしてやろうか?》

炎や風や雷鳴、波が打ち寄せ、樹がざわめく。
自然界のような声は、優しくそう言った。

こくりと頷いた。
この声は神か悪魔か。僕はどちらでもよかった。

《そうかそうか…。いいだろう。人間にしてやろう》
「ほ、本当に?」
声は笑って言った。
《引き換えに、お前の姫君の心を貰う》
「心…」
《そう…。心》
「…駄目だ。心なんてあげたくない。僕は、彼女の全てを捕らえるんだ」
《なら、お前の命を貰う。なに、安心しろ。すぐにとは言わん。天が奪うさ。
鳥籠も大きくしてやる。姫君を捕らえるのだろう?》
「ああ、それよりも、早く人間にしてくれ。早く、翼を持った人間に」
《ふふふふふ…いいだろう。さあっ、目をつぶれ!》

言うとおりにした僕は、激しい痛みに襲われた。
体を引きちぎられるような暗示にかかった。

気付いたとき僕は、全身ほとんど純白の、翼の生えた青年に変わっていた。
鏡に写った僕は、なかなか美しい青年だった。
僕は、眠っている姫君を、大きくなった鳥籠に捕らえる。
床には溢れんばかりの、色とりどりの羽が散乱していた。

美しい姫。美しい羽。一種の芸術だと、僕は思った。

「…ん。ここは…?」
「姫、おはようございます」
姫はあとずさった。
「貴方…だぁれ?」
怯えきった表情。僕は開けっ放しの扉から入った。
鳥籠は広く、僕が入っても、少しも窮屈じゃなかった。
「貴女様が飼っていらした鳥にございます。
貴女様を自由にする為、この姿になりました」
膝まづき、姫君に今までのことを話す。彼女は聞き終わると、静かに聞いた。
「ここから、出して」
「ええ、構いません。僕と共にいてくれるのならば…」
「私はメトル様の…」ぷつり。何かがちぎれる音がした。
「貴女は僕のものです!」

姫君の表情が凍る。僕は気にせず続ける。
「ここは狭い。一緒に行きませんか?外の世界へ」
座り込んだ優しい彼女は、涙を一粒流し、心を失った。


それからの間、彼女は無のまま、生きていた。話しかける時のみ、扉を開けた。
彼女は僕の思いどおりになった。
誰にも邪魔されない。二人だけの時間。
しかし、僕の心に広がるのは、とてつもなく大きな悲しみだった。
僕のせいで彼女は、美しいだけの、動く人形になってしまった。
日々やつれていく彼女は、僕が採った木の実を、ほとんど食べていない。
僕が食べさせなければ、餓死していたかもしれない。
僕が顔を覆った、そのときだった。
「お前は幸せね」
懐かしい声。
「姫…?」
姫は僕を真っ直ぐ見つめていた。瞳には、心なしか、かすかな光が宿っている。
「私が、空に放てば…」
彼女はそこまで言うと、時が遅くなったように、ことり、倒れた。「姫…?姫君?!」
僕は鳥籠を開け、中に入った。姫は綺麗な姿で倒れたまま、息を、していなかった。

泣いた。姫の体を抱き締め、泣き続けた。
僕が彼女を殺した。
僕には翼がある。彼女を、外の美しい場所に、埋葬しようと思った
窓枠に足をかけ、姫を抱き抱えた。少し小さい窓から、前につんのめる。
宙に浮かんだ足を、窓の下の壁につけた。
ふと、下から、ざわめく声を聞いた。
見ると、姫君の父上らしき初老の男と、絵の青年が、僕等をにらみつけていた。
その後ろに、王の妃だと思われる若い女と、数十人の兵士がいる。

僕は深呼吸して、姫君を強く抱き締めた。
壁に足裏をぴったり付け、前を見つめる。息を止めた。そしてぐっと、壁を蹴った。
体が宙に放り出される。その瞬間、下から悲鳴が聞こえた。
「あんたたちは助けなかった。姫を僕から、奪い返そうともしなかった。
彼女の最後は、僕が、見届ける」
誰に言うこともなく、呟いてみる。
翼をひろげ、青空を切り裂いた。

「これが、貴女が憧れていた、世界です」

緑の山、細い水色の川、赤茶色の家々、ところどころに見える人影。
姫が、ふ。と、笑った気がした。

ぐるりと国を見渡し、姫君を抱いたまま、一番綺麗な場所に降りたった。
世界中が見える、高い高い山。
姫君を、花が咲き乱れるところに寝かせ、生えていた樹から、一番太い枝を折った。
枝を、花が咲いている地面に突き刺し、穴を掘る。
柔らかい草が、手を緑に。枝が掌を赤く染めた。
痛みは感じなかった。陽が沈み、空が色を変えても、手は動き続けた。
疲れを忘れた白銀の体が、ぼろぼろに汚れていった。
夜空が薄紫色に変わる頃、僕は姫君を埋めた。穴は、姫の亡骸を、優しく包んでいる。
膝で立ち、少し体を屈めた。姫君の顔が、目の前にある。
小さく呼吸し、ほとんど色素の無い唇に、短い、くちづけを交わした。
土をかけ、花を添え、涙が止まるまで目をつぶる。
「あちらの世界で、また、飼ってください。」
誰も聞くことのない一人言。
「あなたの事が、好きでした」
もし聞こえたら、それは罪深き告白。

僕は静かに礼をすると、真っ直ぐ、太陽に向かって翔んだ。
どれくらい翔んでいるのだろう。熱が血液を沸騰させていく。
死にに行っている。
頭では分かっていた。しかし体は、ためらうことなく突き進んでいた。
僕は、彼女の傍らにいなければいけない。
紅蓮の、聖なる炎の中で、焼き殺して欲しかった。

体が限界を訴えた。その時だ。
遠くに、天空に浮かんでいる滝を見つけた。
その滝に、姫君が走り寄る。
健康で、幸せそうな姫を見ながら、僕は、燃え尽きた。








【占いばかりに頼っていた王様。ある日こんなふうに言われた。
「お前の娘はきっと、罪深き男に捕まえられる」
王様は、自分の娘を塔に隠し、誰にも盗られないようにしてた。
ある日のこと姫君は、綺麗な天使に連れ去られ、行方を消してしまった。
王様はその後、見たんだ。太陽の上に、綺麗な滝が落ちるとこ。
その滝の中に、優しい姫と、罪深い天使がいたところ】



携帯写真+詩 純白恋夢 Copyright 愛心 2007-10-25 15:25:01
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