『ヤサシイ救急車のオジサンと一緒に』
川村 透
僕は、いつものように、
かのん、と救急車に乗っていた。
かのん、は三つで
救急車はキライで
でも、救急車のおじさんはヤサシイ、
って言う。
透明な酸素吸入マスクのゴムがきつくて
イヤイヤってする。
ちょっとした
いわゆる、難病、の、かのん、
かぜを引いただけの、かのん、
入院イヤイヤの強情なかのん、も、
今日はお医者さんの言うことを素直に聞いた。
おとうさんと病院に行こう、もうすぐだから
いまおばあちゃんのおうちのまえをすぎたよ
ぎゅうとら、が、みえているよ
トンネルは暗いけど赤くて暖かいね
少しゆれるけどだっこしてあげるから平気
と、そのときMからの電話だ。
救急車の中だって言うと驚いた様子、
MはPTA会長で、
小学校の移転先が操業しているモーター工場の敷地内だとわかって
土壌が汚染されているかもしれないって
こどもたちのことを心配して
PTAとして、一大事だからって、言う。
強引な
敷地決定へ向けての動きを止めるんだ市長室へ行こう
って言う。
僕たちは運動場でどろんこになって遊ぶこどもたちの
体操服に、ひぞこぞうに、上気したほっぺたに
軟膏のように擦り込まれてゆく
銀色の重金属たちの夢を、見る
ベンゼン、ダイオキシン、カドミウム、六価クロム
シアン、水銀、フッ素。揮発性有機化合物。
こころなしか、かのん、の顔色が鉛色に見えて
僕はマスクをずらして、ほほ、をそっとなでた。
僕たちは50年後の、この道を
イヤイヤをするたくさんの、かのん、たちをのせて
ヤサシイ
救急車の
オジサンと
一緒に。
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かのん