今宵ぼくらは
久遠薫子




灯りのともったキッチンから
作りたてのグラタンの匂いがした
お取り込み中の真剣な顔がおかしくて
ただいまは、たぶん言わなかった


暑いときには熱いものがいいんです
そんな説ははじめて聞いたから
焼酎しかないじゃない、とからかった
あぁ……というのんきなため息を横目に
ぼくは笑って玄関へ引き返し
近くのコンビニで安物の白ワインと思いきや
たまには、と日本酒にしたんだ



今宵ぼくらは
はくちょう座を漂う氷のかたまりで冷酒を呑む
百億年こんな日々が続いたら
夜空は大変革をしいられるだろう
こらえきれない星々は
いよいよこぼれ落ち
ひかえめに瞬きながら
ぼくらの頭上へ降り注ぐ
冷たいしずくは
いつもぼくらの胸をかき乱す
あの蜃気楼をうち消しては
しだいに生ぬるくなっていき
何も請け合うことはできないけれど、と呟きながら
額に頬に降り注ぐ



ころころ笑って

くすくす笑って

ちいさなぼくらは

幻みたいな夕べを過ごした



自由詩 今宵ぼくらは Copyright 久遠薫子 2007-09-02 22:58:47
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