金魚鉢
久遠薫子



わたしの金魚鉢には
ガラスのおはじきが入っているだけ
靴箱の上でうっすらとほこりを被る


きれいに洗ってよく拭いて
チリンチリンと入れなおし
明かりを消した窓辺に置いた


晩夏の夜気と通りの街灯は
微かな秋の水分を含み
けれども おはじきが浸るにはほど遠い


それでは わたしの涙でひとつ
両手で抱えた金魚鉢には
一滴の雫も落ちない


干しっぱなしの洗濯物をかきわけて
金魚鉢を冷えた空気にかざす
ヤカンがけたたましく呼んでいる


だから待ってよ
ひたひたにしたいのよ
腕が疲れるまで 底無しの夜空を映し込む


やがて満ち満ちた金魚鉢
表面張力で持ちこたえる水面に
残りのおはじきを ひとつ、ひとつ、ひとつ、


ついに何個目かで水は溢れ
涙一滴で また溢れ出す
手を入れておはじきを全部取り出した


無数の境界線が踏み敷かれて滲む頃
金魚のいない金魚鉢は また
靴箱の上でうっすらとほこりを被る


もうおはじきさえ 入っていない


自由詩 金魚鉢 Copyright 久遠薫子 2007-09-02 21:08:43
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