シャッターとタランチュラ
結城 森士

雨が降っている。

たった一人で行った美術館の帰り道とか
「黒い雨が、ストロボをたいて、あ、あ、消えていく」とか、そんな
(暗い記憶や雑音などは)補正しなければ
(だから、暗い記憶など)補正しなければ
モノクロの水溜りから、浮上した白い太陽
あ、あ、眩暈。…タランチュラの見た夢、か

…孤独になろうとしたわけではない
もっと幸福な何かを探していただけ
こんな日にするつもりじゃなかった
ただ一人でいるのがとても怖くて…
知らない内に
水溜りの中に胸像を作っていた
それは僕よりも遥かに人間的で
自分よりも上手に笑顔を作った
そんな風に澄んだ8月の水底で
僕は2度目の喪失を味わった
(paradise lost)
僕の絵画が僕を見て笑う(ような)
ほら、絵画が
僕の顔を見て笑っている(ようだ)。だから、
賢明な自画像、夢から這い出して
壊れた傘を取ってくれ 。
それで僕を刺しても
近づいてくる雨脚は止まらない
あ、あ、足音…複数の
仕掛けられた 笑顔達
意識をしっかり持って
僕を支配するタランチュラ
(paranoi&roid)

絡み合う意図に引っかかった
薄暗い肖像画が囁いた言葉
…「胸の射影はどうしました」とは
一体なに?
「今、ほら、花が散っていく、
 ブッレソン。(のように)
 胸中の花が散っていく」

「胸の射影はどうしました」?
また、それは
どうするんだ?
「補正しなくては」。
「これを見てくれ」。
いつも見ている、水底に映る
こんな灰色の景色には
憎悪すら感じている。(廃墟)美しいから。
一人でいるのは怖い。美しいから(廃墟)。だから補正を、
補正かけなくては、補正
(ずっと、この美しい水溜りの廃墟に補正を)

胸が苦しいから、気を紛らわそうとして
瞼の内側に、灰色の街並みを焼き写した
水面 は 反射する 陰影
後方 に ずれていく 焦点
射影 を ぼかしていく 霧/塵
どれも、障害物が強調している、壁、
によって、強調されている。
仕掛けられた廃墟の底に
浮かび上がる無関心な人々
閉塞感を感じるには、
割れた窓ガラスが、必要
粉々の結晶を撒き散らし
零れ落ちていった水曜日
花を欲するタランチュラ
幸福な性欲

朽ちた十字架を、
橋の下の廃車に…。
細路のトンネルを行ってください。
壊れた壁があります。
線上の影に沿って
消えてください。
エズラ・パウンドのポートレイト
黒い服のクレジオ
消えてください。

で、胸の射影はどうしました?
(水の中の 鏡像?胸像?虚像?)
(仕掛けられた意図)
(待ちわびたタランチュラ)
粘りつく声で「ハロー…」
(paradise lost)失われた楽園…
(paranoi&roid)妄想症の機械人間…


黙って
…壊れた 傘を取って。

 そして補正をかける。

 2度目の喪失
…分かってる。
 そんなこと
 昔から、知ってる。

 そして補正をかける。

雨を待っている。


未詩・独白 シャッターとタランチュラ Copyright 結城 森士 2007-08-12 00:14:31
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