第三歌 テレマコス、ピュロスでネストルに会う
【人物】
テレマコス…父の消息を尋ねてピュロスへやってきた
ネストル…ピュロスの国王。トロイア戦争の英雄
メントル…アテネ姿を借りている人間
ペイシストラトス…ネストルの息子。テレマコスの旅に同行する
トラシュメデス…ネストルの息子
ネレウス…ネストルの父
エケプロン…ネストルの息子
ストラティオス…ネストルの息子
ペルセウス…ネストルの息子
アレトス…ネストルの息子
エウリュディケ…ネストルの妃
ポリュカステ…ネストルの末娘。テレマコスを入浴させる
ディオクレス…テレマコスたちを泊めて歓待する
アテネ…メントルの姿に扮している。途中、ひげ鷲の姿になって飛び去る
(ネストルの談話に登場する人物)
アガメムノン…トロイア戦争の英雄。ギリシア軍の総大将
メネラオス…トロイア戦争の英雄。アガメムノンの弟
ディオメデス…トロイア戦争の英雄
ネオプトレモス…トロイア戦争の英雄。アキレウスの息子
ピロクテテス…トロイア戦争の英雄
イドメネウス…トロイア戦争の英雄
アイギストス…アガメムノンの妻と通じ、アガメムノンを殺害する
オレステス…アガメムノンの子。父の仇のアイギストスを殺害する
クリュタイムネストラ…アガメムノンの妻。アイギストスと計って夫を殺害する
【概略】
(1) テレマコス、ピュロスでネストルに会う
(2) ネストル、オデュッセウスの消息は知らないという
(3) ネストル、アガメムノンの死を語り、メネラオスを訪ねるよう助言する
(4) テレマコス、ペイシストラトスとスパルタへ出発する
(1) テレマコス、ピュロスでネストルに会う
朝、テレマコス一行がピュロスに着くと、海辺ではポセイドンの祭が祀られていた。
テレマコス、アテネに導かれ祭の宴に加わり、そこでネストルと会う。
テレマコス、オデュッセウスの消息をネストルに尋ねる。
(2) ネストル、オデュッセウスの消息は知らないという
ネストル「戦場でのオデュッセウスの智謀は群を抜いたものだった。
しかし、戦争に勝利の後、アガメムノンとメネラオスの兄弟の間に争いがあった。
メネラオスは海路で帰国を、アガメムノンはアテネを鎮める祭祀を提案し対立した。
オデュッセウスはアガメムノンについて居残り、わしは帰路についた。
わしは無事帰ったが、その他のアカイア勢の安否については分からない」
アテネはテレマコスを励ますが、彼は父の生存にはあきらめ気味である。
(3) ネストル、アガメムノンの死を語り、メネラオスを訪ねるよう助言する
テレマコス「アガメムノンの最期がどのようだったか聞かせてください」
ネストル「我々が戦っている間、アイギストスはアガメムノンの妻を口説いていた。
トロイアを発ったメネラオスは舵取りの突然死によって、足留めをくっていた。
アイギストスはその間に帰国したアガメムノンを殺害し、ミュケナイに七年君臨した。
八年目、オレステスが帰国しアイギストスを討ち取って、父の仇を報じた。
オレステスが供養の宴を催している所へ、ちょうどメネラオスが訪ねたのだった。
だから、そなたも永らく家を留守してあちこち旅などするべきではない。
だがメネラオスは訪ねて話をきくと良い。ラケダイモンまで倅に案内させよう」
(4) テレマコス、ペイシストラトスとスパルタへ出発する
夜、アテネはネストルにテレマコスのことを頼むと、ひげ鷲になって飛び去った。
朝、ネストルは息子たちにアテネの祭祀の準備を命じる。宴が行われる。
ネストルは馬と車を用意させ、テレマコスはペイシストラトスと出発する。
夜まで走って、一泊し、次の日も朝から夜まで馬を走らせる。
【メモ】
ネストルの語りが大部分の巻である。結局「オデュッセウスの消息は知らない」ということなのだが、トロイア戦争後のアカイア勢の帰国の様子が色々と語られる。
ネストルの系図を示す。
図はネストルの妃がアナクシビアとなっているが、ホメロスによるとネストルの妃はクリュメノスの長女エウリュディケである。
ネストルはトロイアから帰還したディオメデス、ネオプトレモス、ピロクテテス、イドメネウス、そしてアガメムノンのことを語る。
ディオメデスはティリンス領主でエピゴノイの一人である。トロイア戦争ではよくオデュッセウスと組んで活躍した。
エピゴノイとはテーバイ攻め七将の息子たちのことで、エピゴーネン(模倣者)の語源である。ディオメデスの系図を示す。
ネオプトレモスはアトレウスの息子である。トロイア陥落の際には王プレアモスを殺めた。トロイア戦争の戦利品としてアンドロマケを妻とする。
戦争の後、メネラオスの娘ヘルミオネを娶るが、アガメムノンの息子オレステスに殺される。ネオプトレモスの系図を示す。
ピロクテテスはポイアスの子で、ヘラクレスの弓を持ってトロイア戦争に参加した英雄。パリスを弓で射殺した。ソポクレスの悲劇「ピロクテテス」がある。
イドメネウスはクレタ島の王である。モーツァルトのオペラ「イドメネオ」がある。
ネストルは、アガメムノンがアイギストスに殺害される話を語る。アイギストスは七年間ミュケナイを統治し、八年目にアガメムノンの息子オレステスによって殺害された。
ピュロスからスパルタへ馬車で行くというルートは、実際の地理からすると現実的ではないそうだ。
第四歌 テレマコス、スパルテでメネラオスに会う
【人物】
テレマコス…父の消息を尋ねてスパルタへやってきた。
ペイシストラトス…ネストルの子。テレマコスを案内してきた
メネラオス…スパルタの王。オデュッセウスの消息を語る
メガペンテス…メネラオスの息子
ヘレネ…メネラオスの妻
ヘルミオネ…メネラオスとヘレネの娘
エテオネウス…メネラオスに仕える従士
アンティロコス…ネストルの息子
アスパリオン…メネラオスの近習
アンティノオス…求婚者のリーダー格。テレマコス殺害を計る
メドン…屋敷の近習。求婚者の企みをペネロペに告げる
エウリュクレイア…テレマコスの乳母
イプティメ…ペネロペの妹。アテネが姿を借りる
(メネラオスの談話に登場する人物)
デイポボス…トロイア戦争中にヘレネの夫だった
イドメネウス…木馬の中にいた
アンティクロス…木馬の中にいた
プロテウス…海の翁。海の進み方をメネラオスに教える
エイドテエ…プロテウスの娘。プロテウスの捕らえ方をメネラオスに教える
アイアス…小アイアス。トロイアから帰還中にギュライの岩礁で死ぬ
アガメムノン…アイギストスに殺害される
アイギストス…アガメムノンを殺害する
【概略】
(1) テレマコスとペイシストラトス、メネラオスと会う
(2) メネラオスとヘレネ、戦場でのオデュッセウスの活躍を語る
(3) メネラオス、海の翁から聞いたオデュッセウスの消息を語る
(4) 求婚者たち、テレマコスを殺害するために待ち伏せする。
(1) テレマコスとペイシストラトス、メネラオスと会う
テレマコスとペイシストラトスの二人はラケダイモンに着いた。
メネラオスは息子と娘の婚礼を祝って宴を催していた。
二人はメネラオスの広壮な屋敷で歓待を受ける。
(2) メネラオスとヘレネ、戦場でのオデュッセウスの活躍を語る
メネラオスは、兄や戦友やオデュッセウスの悲運を嘆く。
急に泣き出したテレマコス。メネラオスは何ごとかと思いをめぐらせる。
ヘレネが現れ、テレマコスがオデュッセウスにそっくりなことを指摘する。
ペイシストラトスが身分を明かし、話を聞きにきたことを説明する。
メネラオスがオデュッセウスとの友情を語り悲運を嘆くと、皆が涙する。
ペイシストラトス、嘆いてばかりでなく食事を楽しもうと提案する。
ヘレネは敵方の視点から、オデュッセウスの活躍を語る。
メネラオスも戦友としてオデュッセウスの見事な働きを語る。
夜になり、皆眠りにつく。翌朝、メネラオス、テレマコスに用向きを尋ねる。
テレマコス、求婚者に屋敷を荒らされ、父の消息を尋ねてきたことを言う。
(3) メネラオス、海の翁から聞いたオデュッセウスの消息を語る
メネラオス、トロイアから帰還中パロスの島で順風が吹かず立ち往生した話をする。
「そのとき女神エイドテエが現れ、海の翁プロテウスの話をきくよう助言した。
わしはプロテウスをどうやって捕らえて話をきけるのかエイドテエにたずねた。
エイドテエは、海の翁が昼寝する岩屋にあざらしに化けて待ち伏せよ、と言い、
昼寝したら飛びかかって押さえつけ、翁が変身しても離さないように、と言った。
わしらはその通りにして海の翁を捕まえて、いろいろな話を聞くことができた。
翁は、アイアスの死のことと、アガメムノンが殺害されたことを語った。
そしてオデュッセウスが仙女カリュプソに引き止められていることを語った。
わしらは翁の助言どおり、アイギュプトスの河で生贄を果たし帰国できた。」
(4) 求婚者たち、テレマコスを殺害するために待ち伏せする。
そのころ、オデュッセウスの屋敷では求婚者たちがテレマコスの旅に気づいた。
アンティノオスは怒って、途中で待ち伏せして殺害することを周りに相談する。
メドンはそれを立ち聞きして、ペネロペに告げた。
ペネロペは息子の旅を初めて知って嘆いた。
アテネはペネロペの夢枕に、彼女の妹イプティメの姿で現れて慰めた。
求婚者たちは船を出して、アステリスの島でテレマコスを待ち伏せた。
【メモ】
メネラオスの妃で、トロイア戦争の引き金となったヘレネが登場する。ヘレネはメネラオスと当時九歳の娘ヘルミオネを捨ててトロイア方へ走ったが、戦後はメネラオスに許されて戻っている。ヘレネの夫は、テセウス→メネラオス→パリス→デイポボス→メネラオスの順で推移している。
メネラオスは何度も変身するプロテウス(海の翁)を、元の姿に戻るまで放さないことで、捕らえることが出来た。似た内容はペレウスがテティスを妻にする時の逸話にもある。「ペーレウスは機をねらって彼女を捕らえ、あるいは火、あるいは水、あるいは獣になる彼女を、元の姿になるのを見るまで、放さなかった。」(アポロドーロス「ギリシャ神話」III.8.5)
メネラオスは小アイアスの溺死を語る。
彼はイリオス陥落の時にアテネ神殿に逃げ込んだカッサンドラを陵辱したので、アテネに憎まれていた。(神殿に逃れた女を犯してはならないルールがあった)
そのカッサンドラは後にトロイア戦争の戦利品としてアガメムノンの屋敷に連れて帰られる。(彼女には未来を予知できる能力と、その予知を誰に話しても信じてもらえないという呪いとが、アポロンによって与えられていた。)そして、屋敷に帰るとすぐに二人ともアイギストスに殺されるのである。
メネラオスもまた、アガメムノンの死を語る。
アガメムノンの息子オレステスが姉のエレクトラの協力でアイギストスに復讐を果たすという題材は、アイスキュロス「オレステイア」などギリシャ悲劇であつかわれた。アガメムノンの系図を示す。
上図、ペロプスはその子孫で同族間の殺し合いが多く、「呪われた一族」ともいわれる。
テレマコスはメネラオスによって、オデュッセウスが生きていることを知る。
次巻からオデュッセウスの旅が語られる。次にテレマコスが登場するのは第十五歌である。