パパのうそつき。
阿片孫郎
ママが私に靴を履かせてくれました。
げんかんで。
「パパを迎えにいくの?」
「いいえ、パパはもう帰ってこないの」
パパは私のことを「大好きだ」ってゆってくれます。
私もパパのこと「大好き!」
おおきいの、私のパパって。
いっつも筋肉のうでで抱きしめてくれて、
ぎゅってされると私のからだは、くううと悲鳴を上げる。
「パパに逢えなくて寂しかったかい?」
「ううん、だいじょうぶなの、がまんできるの」
「えらいな」
ことん、と音がして私は目が覚めてしまいました。
「ママ? どっかいくの?」
「大丈夫よ、すぐ帰ってくるからゆっくり寝てていいのよ、お願いだからね」
「うん、わかった、ゆっくり寝るね」
「いい子ね」
そういってママはげんかんから出て行きました。
朝になったらママはもう私の朝ごはんを作ってくれていました。
本当はパパが帰ってこない理由、知っているんです。
パパもママも、嘘をついているんです。
嘘はいけないのにな。
パパはママを独り占めしたかったからけっこんしたんです。
抱きしめて独り占めしちゃえばよかったのに、パパ。
抱きしめてもらえない夜にかぎってママの携帯電話はなるんです。
その携帯電話を鳴らしているのがパパだったらよかったのにな。
「グッドタイミング!」ってママも笑っていられたんだと思うの。
でも携帯電話をかけてきたのは違う人なんだよ、たぶん。
そんなときは私のおなかは縮こまっちゃうようにすごく痛くなって、泣きそうになるけど、泣いちゃうとママに気づかれちゃうから声が出ないようにがまんする。いい子だから。
パパのうそつき。
ママのこと独り占めしたかったくせに自信がなくなっちゃたんだ。パパ。
今すぐに帰ってきて、そしてママのことを抱きしめてあげて、「愛してる」って言ってあげて、ママに。
面倒くさいってゆわないで。うそつきはだめなんだよ。私ちっとも幸せじゃないよ。
「ねえ、ママ。どうしてパパは帰ってこないの?」
ママの手が止まり、下唇をちょっと噛んで泣きそうになったけど、なにかを振り払うように毅然と顔をあげて私の眼をじっと見たの。
「パパはね、もう、ママのこと嫌いになっちゃったんだって」
「今日はどこに行くの?」
「電車にのっておでかけよ」
「かばんもなんにも持ってかないの?」
「いい子だからね、ちゃんとお靴をはいて、いっしょにいきましょうね」