頂戴
錯春

 


 それでは、頂戴いたします。これを
 
 しっくい の如く真っ白くなった 破片を
 そっと手の平に乗せられて
 魔がさして ぐぐぐぅと
 手に力をこめた したらば 瞬時に粉々に
 なるわけがなかった
 まだこの破片の半分もこの世に存在していない私に
 それを押し砕くことなんて
 できるわけがなかった。
 考えればわかること それはいとも簡単に
 10年生きた木を 3年生きた蔓が 
 絞め枯らすことは できない
 そんな簡単なことを 解っているのに
 懲りずに 握って、何度も
 いつの日か
 あの暑い日
 飴みたいに やさしく 私にきづかれないように
 そっと 溶けて消えた。
 破片は 私に忘れられるまで 私に優しかった。
 肉がなくなってからも優しかった。



 あいたかったカオリちゃん。
 すっかり丸刈りになった頭皮を剥きだしの そのまま
 虫みたいな線が 深く深く 縦断していて
 私は ぼろぼろ泣きそうになりながら
 今の医学は 奇跡を起こす と
 伯母が泣いている の を見た。
 彼氏のマサキ君とはウマクいってるの?
 大丈夫 問題ないよ お母さんこれ お見舞い?
 これ 頂戴
 私は
 カオリじゃなく
 彼氏も
 マサキじゃなく
 皆 ちがうのに ちがうよって
 もう強く言えなくて なんで?
 やはり 現代の医学は 医学だもの
 奇跡なんて、起こせないよ。
 ねえ カオリ。お母さんもう長くないと思うの。
 でもね、お父さんを一人にしないでね。
 私は一緒にいられないけど、あんただけは 
 最後は帰って帰って、帰ってきてね。
 大丈夫 問題ないよ
 お母さん このビワ、食べていい?
 頂戴よ
 これ 頂戴



 私が 今現在の私が 誰よりも
 愛して可愛がって蔑んだ この恋人
 恋人なんていやだ
 恋人なんて枠が決まったら
 愛人が出来るかも しれないよ
 信じられないんだ 恋人って 言葉なんて
 だって 裏切られてきたんだ ずっと
 ずっと 僕はね 愛人だったからね
 信じないまま 裏切ってきたのは
 お前の方でしょうよ ねえ
 なにもいらない 恋人なんてそんな
 呼び名いらない
 だから 頂戴
 いいよ何が 何が欲しい
 私、今まで 今の今まで ずっと
 もらってばっかだから せめてね
 あげるよ お前には皆 欲しいのを
 命 髪 言葉 食事 涙 傷 
 なんでも
 そう なんでもあげよう
 だからそんなに いつも 泣きそうなのは 困る
 頂戴?
 くれる?
 ほんとに?
 ほんと。

 だったら
 いっしょにいて頂戴
 僕を一人にしないでくれる?
 
 ああ
 みんな あげると云ったのに
 私は
 まだ もらってばかり
 

 
 頂戴。













自由詩 頂戴 Copyright 錯春 2007-07-10 01:23:34
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