おじいちゃん
ちと

夜空の真ん中に浮かぶ月のように、きれいな顔。

ちいさくて
ちいさくて
ちいさくて
ちいさくて
ちいさくて

死んでるの?ほんとうに?
写真を見なかったら、記憶とは重ならなかった。

最後に会ったのは小学6年生の夏休み。
あたしと弟を、マルの散歩に連れて行ってくれた。
きっと、とても暑い日だった。
マルってば川の浅瀬で寝そべっちゃって、気持ちよさそうに休んでさ。
おじいちゃんはやっぱり優しくて、「面白いだろー。」
はははって笑った。

おじいちゃんにまた会いたくて、年賀状を書いた。
書道教室の先生だということをお母さんから聞き、
自分の下手な字が恥ずかしいと思った。
「年賀状ありがとう。じいとばあは元気だよ。」
筆で書かれた言葉は、あたしを喜ばせた。
それから毎年、色鮮やかに版画が刷られた年賀状が届いた。

最後に書いたのはいつだろう。
どうして書かなくなったんだろう。

おじさんは髪が白んで、少し老けていた。
おじさん、いくつになった?おもしろくて、やさしいおじさん。
 「ここ2・3年は筆握れんかったでねー。
    ちえみに書かなきゃいかんねぇ、って言ったのが最後だったなぁ。」

おじいちゃん、あたしの年賀状は届いてたんだよね?

おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん、

背が高くてスタイルの良いおじいちゃん。

ちいさくてきれいで、動かないおじいちゃん。

おじいちゃん、おじいちゃん、

血の繋がらないおじいちゃん。

あたしの、たったひとり の おじいちゃん。


もういちど12歳に戻っても、それは最後の夏休みになって、
年賀状は途切れて、
21の梅雨、曖昧な空の下で泣くんだ。

後ろめたくはない。

こんな虚しさを、あと何回越えなくてはいけないの?
大人になれば、そうね、って飲み込めるの?

こんなふうにして生きていかなくちゃならないの?



12歳のままのあたしは、立ち竦んで怯えてる。



小さくなったおばあちゃんは、記憶と重ならなかった。
「大きくなったねぇ」
声を出したら止まらなくなるから、歯を食い縛った。
絞り出した「ありがとうございました」は、歪んでみっともなかった。
頬を流れる感覚は、最後まで本物だった。

また会いに来てもいいですか、なんて
言えなかったよ。


どうやって生きればいい?












目が覚めたのは、7時。



おじいちゃんがいて
日常だった、

夢を見た。


寝返りも打たずにもういちど、眠った。


どんな夢だったのか思い出せない。




内側から圧迫されるようで、ひどく頭が痛い。











車で向かう途中、蛍を見た。
生れて初めての蛍。
嬉しくて嬉しくて。

真夜中の山道は不気味だったかもしれない。

帰り道でもういちど、蛍を見た。

淡く光っては儚く消えて、
空へ向かって三度色めいたら、闇に溶けた。



最初で最後の蛍だといい。









おばあちゃんの作る タコときゅうりの酢の物、
何度試してもお母さんには作れなかった。

弟とこっそり言い合った。
「あの酢の物は世界一だよね。」

今までも。今でも。


今でも忘れられない味。


おばあちゃん、

もういちど、は叶いますか?














頭が痛い。
真ん中が潰れて、頭蓋骨が砕けるかもしれない。
何もかも暑さのせい。
髪が纏わりつく。まぶたが重い。

汗ばんで、気分が悪い。

暑すぎて、苦しい。













おじいちゃん、おじいちゃん、

ちえみのおじいちゃん




























もういちど、は 二度と来ない。


散文(批評随筆小説等) おじいちゃん Copyright ちと 2007-07-01 22:24:09
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