『鬱五郎とライオン』
川村 透

@鬱五郎はライオンの虫歯を見つけた、と言う。


大きくあくびをする顎を覗き込んで、
鬱五郎はライオンの虫歯に話しかけようとした、けれど
眠たげにゴロゴロと喉を鳴らすそいつは、
生臭いあくびをほんの瞬間浴びせかけただけで、
ぷいと不快気にそっぽを向いて寝そべってしまった、らしい。
鬱五郎はライオンの虫歯と話しをしたかった。
ちらりと目蓋の底に焼き付けられた、それ、は
ホクロのようにチャーミングで、
象牙を彩るワンポイントの意匠のようにバランスがとれていてステキ
鬱五郎はライオンの虫歯の事をうっとりと思いながら、
そいつの後ろ足にそっと触れる。
ライオンの尻尾がワイパーのように起き上がり蛇みたいにくねり、
鬱五郎の首をくすくすと叩いて、
蝿をうっとうしがるように怠惰な仕草でライオンは彼を振り向く。
ゴゴ、と軽く威嚇して見せたが、なんだか余り気が乗らない様子で、
くいくい、と尻尾を鬱五郎の首に巻き付けた。
ぐいぐいっと尻尾に誘われるまま彼は、
ライオンのお尻を枕にして寝っころがり空を見上げたそうだ。


@鬱五郎はライオンの虫歯がウツクシイ、と想う。


そうそう、鬱五郎とライオンは実はサバンナの木陰にいるのだった。
お日様は白いグルグルでHOTでクールで、
熱いんだけど不思議な事にちっとも暑くなくてスカスカと風が心地よい昼下がり、
とでも言うんだか。
ウツクシイ虫歯の話だったね。
鬱五郎はライオンの虫歯がウツクシイ、と思って、
泣き出してしまいそうにさえなったんだよ。
嗚咽がしゃっくりのようにこみ上げて来て、
彼の頭をささえているライオンの後ろ足の根っ子つまりお尻をビブラートして
ライオンはくすぐったかったんじゃないかな、それとも本当に蝿でもいたんだか、
プヴブ!とくしゃみをしたんだ。
ウツクシイ虫歯の事だったね。
鬱五郎はライオンの牙の骨のような白さと
虫歯の黒のコントラストを思うとなんだか
ビューティフルで
アンビリーバーボーで
ホーリィな
変な気持ちになってライオンをアイしたいような
ライオンのクチビルをホオばりたいような、
うっとりとタイハイ的なハイトクの思いにとらわれ始めていたんだよ。


@鬱五郎はライオンの虫歯にキスしたい、と思う。


あおぞら、は凄いように硬く重たくて鬱五郎は押し伸ばされてペラペラの紙人形に、
でもされてしまったみたいに、自分の事が薄っぺらに感じられたそうだよ。
仰向けになっているとほんとうに涙がこぼれそうになってきたので、
鬱五郎はライオンのお尻をかき抱くように鬱伏せになったんだって。
するとゆっくりとライオンのお尻が彼をささえて起き上がって来たんだよ。
鬱五郎はぐっとすがりつくように力を込めてお尻をまさぐっているうち、
立ち上がったライオンの背中に目を堅く閉じたまま体ごと、
いつのまにか、しがみついていたんだね。
グルル、とライオンは静かに吠え、スタスタと歩き始めた。
目を開いて鬱五郎はそのたてがみを握りしめたんだ、
ライオンはそっと振り向き鬱五郎と目が合ったんだって。
ライオンの灰色混じりの蒼い瞳を見ているうちになんだか
自分もライオンと同じ色の瞳をしているはずだ、と、思えて来たんだって。
グルル、とライオンは再び吠え、ダダダ/ダダダダっと走り始めた。
するとサバンナはバターの香に満ちたねっとりとやさしい油絵のメリーゴウウランド
お日様の廻りを巡る走馬燈みたいに絵の具の色が流れて染みて
緑や黄色や赤や青がくすぐったくって、
胸のあたりで、こほろぎが鳴いているみたいにくすぐったくてウレシクて涙目のまま
大きい声でハハハハハ、と鬱五郎は笑い続けていたんだ、躁だ。


@鬱五郎はライオンの虫歯にキスしたい、と言う。


鬱五郎とライオンはもとの木陰に戻って来たんだ。
ライオンから降りた鬱五郎はライオンを見つめた/ライオンも鬱五郎を見つめた。
ライオンの灰色混じりの蒼い瞳を見ているうちに
自分もライオンと同じ色の瞳をしている事が、なんだか、トテモ、ユルサレテイル
みたいで、それが何ヨリモ誰ヨリモ大切に思えて来て胸が、
キュン、となったんだって。
ライオンはグロロロ、と鳴いて静かに大きく顎を開けた。
鬱五郎はオズオズと女の子に始めてキスするみたいに小首をかしげながら、
吸い寄せられるように近付いていったんだ。


@鬱五郎はライオンの虫歯にとうとうキスしたんだって。


ライオンの虫歯にキスする鬱五郎はライオンの顎の間に頭を預け、
ライオンの虫歯、を、噛む鬱五郎はライオンの顎の間で甘く噛み砕かれ
ライオンは虫歯、で、鬱五郎をやさしく咀嚼して目の玉がぷつりと潰れ涙、
ライオンは虫歯、で、鬱五郎の唇をやわやわと摺り摺り、押し、開いて
ライオンは、舌、で、鬱五郎の口の中を愛撫しまさぐって宝石を見つけたんだ
ライオンは虫歯、で、鬱五郎の糸切り歯を抱き締めている葡萄のように甘く渋く
ウツクシイ、彼の虫歯菌、ごと、鬱五郎をやさしく噛み砕いた。
噛み砕いたさ。
ライオンは目を細めてゴゴゴと鳴いた。
鬱く、歯躯、毛だか喰ってライオン、トテモ、痛くてかゆゆくって照れ、笑う、
QQ。
鬱五郎はシアワセだった。
シアワセだったんだって、
Qん、


【初出】Fcverse


自由詩 『鬱五郎とライオン』 Copyright 川村 透 2004-05-13 14:54:01
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