【小説】322回目のセックス
なかがわひろか

 321回目のセックスからだ。日記につけていたから間違いない。僕は今まで付き合った女の子たちとのセックスの回数を日記につける癖がある。321回というのは、それほど多くの人と付き合っていない割りには多い方なのかもしれない。若干僕はセックスが人よりも好きな傾向にあるようだ。日記には2回した日は○2と書くし、しなかった日は何もかかない。誤解のないように言っておくけど(さっきもちょっと触れたけど)、僕は決してもてる方ではない。だから321人の女の子と寝たのではなく、それなりに(こんな僕でもそれなりに彼女はいた)奇特にも僕の彼女になってくれた人たちとセックスをした回数だということをちゃんと分かっていて貰いたい。もちろん中には彼女じゃなくて成り行き(成り行きという言葉はなんて都合がいい言葉なんだ)でそういうことになってしまった人との数も含まれる。彼女がいたときに、そういう人と行ったセックスに関して数字を書き込むときはさすがの僕も罪悪感に満ちる。しかもそれが○3とかだったら余計に。だけどしてしまったのだから仕方がない。だから僕はどんなセックスも正確に日記に記している。
 321回目のセックスは僕が初めていかなかったときのセックスだ。
 セックス自体は彼女もそれなりに満足してくれて、たとえ僕がいかなくても特にフォローもないまま楽しく話をしてその夜を終えた。たまにはこういうこともあるさ。僕はそんな風に思っていた。
 そのときの彼女とは彼女が東京に行ってしまったせいもあって、その後会うことなく別れた。断言してもいいけど、その晩のセックスが原因じゃないことは確かだ。本当にただいかなかっただけで、セックス自体は本当に満足してくれていたんだから。ただ、遠距離によくありがちな理由で(それは会えないとか、彼女は仕事をしていたので、忙しくて連絡が取れないだとかごく普通の理由だ)、別れた事に関しても2、3日友達に愚痴ったりした程度で、その後も後を引くこともなかった。あの晩の彼女とのセックスなんて最近まで思い出さなかったくらいだ。何度も言うけど、当時の僕等が別れた理由は321回目のセックスが原因ではない。それだけは分かって欲しい。お願いだよ。
 僕が321回目のセックスのことを思い出したのは、最近322回目のセックスをしたからだ。
 前の彼女と別れてから僕は1年ほどそういうことに縁がなかった。健全な24歳の若者にしては、少し心配になるような長さだけど、確かに僕はむらむらしたり、もんもんする夢を見たり、なかなか大変だったけど、やっと322回目のセックスをすることができた。
 彼女とは僕の部屋で少しお酒を飲んで、最初は一応(女の子はいつも一応拒否はする)嫌と言ったけれど、僕は昔の勘を取り戻しながら、彼女の服を脱がせることに成功し、何度かのキスの後、僕は彼女の中に挿入した。
 僕は昔学んだ様々な体位をやってみて、一番いい方法で彼女を気持ちよくさせようとしていた。女の子は時々演技をするから分からない部分もあるけど、うん、彼女はちゃんと感じていてくれたみたいだった。
 彼女は時に手で触ってくれたり、口に含んでくれたり、うん、つまり322回目のセックスはとてもよかったんだ。僕は本当に満足していたし、ずっと彼女と寝たいと思っていたから僕にとっては願ってもないシチュエーションだったわけだ。
 だけどね、僕はいけなかったんだ。
 いろいろな体位を試してみて、彼女のテクニック(それは大層なものだった)にも満足していて、僕は本当に気持ちよくなったんだけど、いくことができなかった。
 彼女は優しく僕を抱きしめて、その後はお互いの感想を言い合ったりしながらベッドの中で過ごしていた。だけどどうしても321回目のセックスのことを思い出さずにはいられなかった。
 彼女は朝方になって用があるからと言って帰っていった。特に怒っているようでもなかったし、それはごく普通の恋人同士のつかの間の別れの様なワンシーンだった。僕も彼女も笑っていたし、きっと近いうちにまた会うだろうという余韻は残っていた。
 だけど、部屋に一人になったとき、僕の頭は321回目のセックスのことでいっぱいになってしまった。
 いけなかったのは彼女が悪かったわけでもないし、何度も言うけど、僕は随分満足していたんだ。
 だからむしろ誰が悪いかと言えば、それはきっと僕の方だ。
ほんの一時的なものだと思っていた。だけど今日322回目のセックスをして、僕はほぼ確信した。
 僕はセックスでいけなくなっている、と。
 それはそれほど問題なことではないかもしれない。
 世の中には勃起すらできなくて薬に頼ったり、病院にかかったりする人もいる。だけど僕はそうじゃない。ちゃんと彼女に対して言いようもない性欲を感じるし、そして何より僕はセックスに耐えうるだけの状態を維持することができている。ただいかないだけなんだ。
 僕にはこのことが問題なのかどうか正直言ってよく分かっていない。もし問題なのならば、病院にでもカウンセリングにでも行ったほうがいいのかもしれないが、この点について諍いが起こったこともないし、たった2回の経験で過去の320回のセックスを否定するわけもいかない。そこには僕の初体験もあるし、どうしようもなく楽しかったセックスも含まれるからだ。
 僕はまだこの問題についてしばらく様子をみるということしかできない。
 次に彼女に会うのはいつになるだろう。
 323回目のセックスにはもしかしたら答えは出るかも知れない。
 ただ、それはまだなんとも言えないんだ。



散文(批評随筆小説等) 【小説】322回目のセックス Copyright なかがわひろか 2007-05-27 01:16:51
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