【小説】昼間の会話、神の存在
なかがわひろか
俺、神なんだよ。
男はそう言った。
そうかい。
僕はそう返した。
「神だって言ってもな、何があんたらと違うって訳じゃない。姿形もあんたとほとんど同じだ。」
男は僕の体を上から下まで見ながらそう言う。
「でもあんたは自分の姿に似せて人間を造ったんだろ。誰かが書いた本にはそんな風に書かれていて、うんざりするくらいの多くの人がそれを信じてる。」
僕が少し語気を荒げると男はふふ、と笑って答える。
「あんたらを造ったのも俺じゃない。世界を造ったのもそうさ。俺はそんな昔から生きてる訳じゃない。」神は少し楽しそうにそう言う。
「あんたは大昔から生きてるって信じられてる。」僕が言うと、「あんたたちと同じさ。死ねばまた生まれて、そしてまた死ぬ。」確かにそうだった。つまり・・・男は僕等となんら変わらない。
「時々天変地異だとか言って、地震やら竜巻やらなんやらが起こるだろ?あれだって俺の仕業じゃねぇ。神って言ってもな、なんでもできる訳じゃあない。それどころかむしろできないことの方がはるかに多いのさ。」
タバコいいか。男はそう言って僕に手を差し出す。
僕は念のため男の手のひらをじっと見つめる。
多くの人がそうであるように彼の指は五本しかなくて(しかというのは、なんとなく・・・神様って多そうな気がしないか?)手のひらには生命線だとか運命線だとかがちゃんと引かれている。とにかくなんていうか、普通のよくある手のひらなんだ。
「僕はタバコを吸わないんだ。悪いね。」僕がそう言うと、男は意外そうな顔をした。
「みんながみんな好んで吸うわけじゃないんだ。むしろ最近じゃ吸わない人の方が多いよ。」
神は少し驚いて、「時代も変わったんだな。」そう言った。
僕は自動販売機でコーヒーを買って、男に手渡した。ありがとよ。そう言って、とてもまずそうに缶コーヒーを飲んだ。何もそんなにまずそうに飲まなくてもいいじゃないか。僕は少し苛立った。
「一つ聞いてもいいかい。」男は顔をこちらに向けた。
「あんたは結局何のためにいるんだい?」僕は率直な疑問をぶつけた。だって男は神なんだ。その神がまずそうに缶コーヒーを飲んでたら誰だってそんな質問をしたくなるさ。
男は少し間を置いた。
もう何度も同じことを繰り返して、一番効果的な言い方を知っているかのような素振りだった。
1、2、3、タイミングを計らって男は口を開く。
「存在のためさ」
男は缶コーヒーを飲み干すと、ゴミ箱の中に放り投げた。一回でゴミ箱に収まると少し嬉しそうだった。それは男が僕等となんら変わりのない生き物の象徴の様な行為だった。
「存在のためさ」
男はもう一度そう言って、またふふと笑った。どうだい。びっくりしたろう、と言わんばかりに。
つまり。
またタイミングを置く。少し僕は苛立っているが我慢した。
「人々にとって俺は存在そのものが絶対なんだ。」
僕は少し考えて、
「要するに、あんたはみんなの概念としての存在だ、故に神だ、と言いたいんだな。」
男はああ、そういうことさ、と少し嬉しそうに言う。
僕はもう一杯コーヒーを飲むかいと男に聞く。
男は手を振ってもういいと言う。
僕は自分の分だけコーヒーを買って、一口飲む。
「存在」
口の中で唱えてみる。なんだか曖昧すぎて、コーヒーの味にすぐ負けて簡単に僕の胃の中に収まるようだった。
「なんだか曖昧だな。」思ったことを口に出す。「曖昧すぎて妙に納得してしまう。」僕は言う。
「それでいいのさ。」男は返す。
「がっちり形を示しちまうと、なんだか壊したくなるだろ?
曖昧で抽象的だからこそ、なんとなく信じてしまう。要するにそういうことなんだよ。」男は言う。
うん。なんだか納得してしまう。
男の言うことは間違っていない気がする。
男は神だ。
ただ、それだけだ。
そういうことなんだよ。
男はもう一度そう言った。